「はぁー……」
透明な窓ガラスに、口腔から湿った空気を吐き出して。
それは、自分の身に纏う空気よりもほの温かく、一点の曇りもない窓ガラスを、白く濁らせた。一瞬にして大きく広がった濁りは、瞬時に元の透明な姿に戻ろうと範囲を狭める。クラトスは消えないようにと、素早くその濁りへと、右手の人差し指を伸ばした。
言えない想いを、濁りに綴った。
動かす指に従い、濁りは強制的に透明度を取り戻す。濁りに触れた指先は、微かに冷たく、水滴を纏った。全てを綴り終わった頃には、濁りは元の透明度ある窓ガラスに戻っていて。
そこに残ったのは、僅かな書き跡。一度布が走れば消え去ってしまうほど、僅かな、書き跡のみが残った。
「……」
暫し無言で眺め、再びそこに、息を吹きかけた。不思議と、濁りの中に現れる文字を見て、クラトスは仄かに頬を染めた。
「……」
言えない想い。言いたい想い。言っては、ならない想い。
綴ることで落ち着いた胸をなで下ろし、クラトスはその場を去る。
────私の胸の内と同じに、誰の目にも触れないように……────
通りかかった廊下の、透明に磨かれた窓ガラス。その向こう側に、もう一つ、同じ空間があるような。手を伸ばせば、もう一人の自分と触れ合えるだろう。そんな磨かれたガラスが目に付いた。ふと、ロイドは足を止めて、窓ガラスを眺めた。
「……はぁー」
唇を上下に開き、窓ガラスに息を吹き当てる。窓ガラスには均等に、白い濁りが浮かび上がった。ロイドは手を伸ばした。不用意に、落書きしたくなる子供のような気持ちで。濁りに、文字を綴った。
「……クラトスが、好き。と……」
指先と同時に動く口。書き終わると同時に、満足そうにその口は形を変える。消えた濁りを、息を吹きかけることで呼び戻す。先程より強く、大きく吹きかけたそれは、窓ガラスにより大きな濁りを作った。現れた自分の書いた文字に、尚も満足そうに笑みを浮かべる。
「……?」
同時に、見知らぬ跡が映った。自分が綴った文字の上、大きく息を吹きかけたことにより作られた、更に上の濁りに、それはあった。ロイドは肺に空気を溜め、少し上の面にそれを吐き出した。広がる濁りの中に浮かび上がる、文字の群れ。
「……!」
そこには、自分の名前と共に、自分が綴った想いと……同じことが綴られていた。
『ロイドが好き』
自分の文字とは違い遠慮がちに書かれたそれは、その位置からして、もう彼のものとしか思えなかった。
「クラ……トス……」
彼がこの場所で行った一連の行為を思い浮かべ、鼓動が高鳴った。言いたくても言えない想い。伝えたくても容易に出せない想い。胸の内に溜め込むしか出来なくて。ただ、傍にいることしか出来なくて。それでも、密かに吐き出せずにはいられなかった、強い、想い。
ロイドは笑った。嬉しそうに、そして照れたように頬を火照らせて。
────俺らはちゃんと……────
クラトスは、まだ知らないけれど。
「俺はちゃんと受け取ったぜ」
窓ガラスに残るクラトスの残滓に向かって言う。クラトスに、伝えるかのように。
今はまだ、ロイドだけが知っている。
今日が二人の、両想い記念日。
硝子越しの、儚い恋文……
2007.xx.xx