もしも、一生で出せる涙の量が決まっていたとしたら。

 もう二度と、俺は涙を流すことが出来なくなっていただろう……

 

 

 

     涙

 

 

 

 ずっと。ずっと好きだった。

 強くて、頼りになって、尊敬もしてたけど。

 そういうんじゃなくて。もっと、特別で。

 

 側にいると。目が合うと。

 自然に、口付けがしたくなって。

 

 男同士だったけれど、嫌がる素振りも見せなくて。

 だから言葉には出さなくても、お互いに、好きなんだろうって思ってた。

 

 俺にだけ向けられる特別な視線を。俺は、自分と同じ感情だと。

 ずっと。ずっと思っていた。

 

 

 

「……っぁ……」

 抱き合って。

「クラトス……っ」

 何度となく名を呼んで。

「ふ……ぅ、ん……」

 熱い口付けを交わした。

 求め求められ。全てを絡めとるように。

「ロイ、ド」

 低く響く声は心地よくて。

「……ん?」

「もう、欲しい……」

 いつだって俺を昂らせた。

「クラトス……好きだ……」

 なのに……

「なんでアンタが、俺の父さんなんだよ……っ」

「……」

「なんでアンタが俺の父さんなんだよっ!」

「……っ」

 真実なんて要らなかった。

 こんな真実なら、知りたくなんてなかった。

「なんで……なんでなんだよ……っ」

「すまない……」

 慈愛に満ちた眼差しは、父親として。

 側にいてくれたのは、父親として。

 ……涙が止まらなかった。

 とめどなく溢れるそれは、クラトスへの愛の深さ。

「好きだったんだ……俺はっ」

 泣きそうに瞳を潤ますクラトスが、酷く哀しくて……

 本当は、父親でも構わない。そう言ってやりたくて。

 でも、俺は涙を流すばかりで。クラトスを安心させられるその一言を、どうしても……言えなかった────。

 

 

 

 腫れた瞼は重く、視界を妨げた。

 どれだけ泣いただろうか。それすら、わからない。クラトスも、今はもういない。

 最後に、ただ最後に一つわかったのは。きっと、俺以上にクラトスが傷付いているということ。

「……クラトスは……」

 クラトスは父親の前に、

「……俺の、大切な……っ」

 そして大好きな……

「っ! バカ野郎……っ」

 頭をよぎる、クラトスの言葉。

 

 ────息子としても大事だ。だが、1人の男として……────

「愛してるって……言ってたのに……」

 どれだけ涙を流しても、俺の目は乾くことを知らないみたいに。

 溢れ、零れ、落ちた。

「クラ……トス……っ」

 名前を呼んでも、この腕に、この体に、クラトスの温もりを感じることは出来なくて。

 空振る腕が、自分の体を抱きしめる。

 強く、強く。クラトスを、抱きしめた時のように。

「ごめん……ごめん……クラ、トス……っ」

 

 

 

 もしも、

 もしも一生で出せる涙の量が決まっていたとしたら……

 

 もう。あんたを思って泣かずに済んだのに。