鼓動、高鳴らせて。

 夜でも残る蒸し暑さが、まだ終わらない夏を訴える。

 風が肌を撫でても生温いだけで、全く涼しさを感じない。

「……外なら少しは涼めると思ったんだけどな」

「俺様はこれでじゅーぶん、涼しいんだけどねぇ」

 手を団扇代わりにして顔を仰いだが、効果が見いだせずに諦めて腕を下ろした。

 虫のさざめきが、今は苛立ちを煽る以外の何物でもなかった。

「なら、こんな時間に何してんだよ」

 余りにも宿が暑くて寝付けなかったから。少し涼んで来るかと外に出たら、柵に上半身を預けるレイヴンの後ろ姿がそこにあった。

 レイヴンは軽く振り返って声の主────ユーリを確認すると、再び体を元の向きへと戻した。

「ん~、天体観測?」

「また適当なこと言いやがって」

「あ。信じてくれてない」

「曖昧な答え方しといてよく言うよ」

 話しながら、レイヴンと逆向きに柵に肘をかけ背中を預け、ユーリは空を見た。

 気温はいかがなものかと思うが、一面に瞬く星空は綺麗でいいもんだ。

「よくフレンと寝っ転がって夜空眺めたりしたっけな」

 笑いながら、ユーリは視線を前へと戻した。

 辺りは幾つもの街灯が、深夜の黒い空を星のように照らして闇を薄めている。その中で装置の不具合か、切れそうな街灯が一つ、存在を主張している。

 それはジジッと音を立てては、チカチカと点滅を繰り返す。

 ふと見ればレイヴンの視線は星空じゃなくて、そのチラつく街灯に向けられている気がして。

「あんまり見てると目悪くすんぞ」

「え? ……あ、あぁ」

「見たいのは星空じゃなかったのかよ」

「……」

 ユーリが指摘すると驚いた顔をして。しかし何も返さず、次第にレイヴンの頭は下を向いて、そのまま黙り込む。

「……おっさん?」

 どう見ても様子のおかしいレイヴンが気になって問い掛けるが、顔を上げようとしない。

「おい、おっさん……」

 返事一つしないレイヴンに不安を感じて、近くに寄ろうとユーリが体を動かしたその時。

「ねぇ。おっさん、いつまで生きられると思う?」

「……は?」

 全くの想定外の言葉に、思考が停止した。

「あの街灯さ、チカチカして、もう消えちゃいそうじゃない」

 俯いたまま、手だけを動かしてチラつく街灯を指差す。

「おっさんの魔導器もそう遠くないうちにあんな感じに弱くなって、動作が不安定になって、ぷっつり切れちゃうんじゃないかな、って思うと……何だか怖くてね」

 漸く顔を上げたと思えば、目尻に抑え込めなかった分の涙をちらつかせて、ぎこちない笑みを浮かべている。

「だから気になってつい見ちゃうのよ。お陰で目がチカチカするわ~」

 泣きそうに潤む目を、まるで街灯が悪いように言い放ち袖で隠す。ゆったりした袖が顔全体を覆って、レイヴンの表情が窺えなくなる。

 ユーリは動きかけた体を戻して柵に背を預け座り込み、凛々の明星煌めく星空を見ながら静かに喋り出した。

「……あんまり、一人で抱え込もうとすんなよ」

「わかってはいるんだけど、ね」

 人の前ではへらへらと陽気に振る舞っちまう。それがレイヴンっつー人間なのはわかってる。

 わかっていても、こんな風に一人で黄昏るくらいなら少しは頼れよ、って思うわけで。

 こういう時に自分がそこまで許されていないのかと思うと歯痒くて、ユーリは唇を噛んだ。

「それと。おっさんだけみんなと違う、とか思うなよ」

「はは……青年は何でもお見通しなんだから」

 陰を宿した声色が、少しだけ明るくなったのがわかった。

 一人で抱え込んでたせいで頭ん中ぐちゃぐちゃになっていたんだろう。大したこと言ったわけじゃなくても、落ち着きを取り戻すには十分だったようだ。

 表情は未だに窺えないが、困り眉に苦笑を浮かべてるに違いない。

「……さてと、大分涼んだし戻るかな」

 実際大して涼しくなんかないが、このままここにいても一向に涼しくなる気がしない。

 ユーリは立ち上がり、裾をさっと払った。

「あんたも早く戻って寝ろよ?」

 本当は嫌という程傍にいたいし、必要とされたい。

 だが、そんなことを考えて不貞腐れている自分を見られるのが嫌で、ユーリは振り向かずに声だけ飛ばして、宿に向かって歩き出す。

 レイヴンだって、涙が引くまで、もう少し一人で居たいだろうと、もっともな理由をつけて。

「青年」

「ん?」

「ありがとね」

 そう。一人にしといてやろうと思った。思ったんだ。


 後ろから悲しいような嬉しいような……何とも言い難い、か細い礼が聞こえてくるまでは。


「……」

 さらさら、このまま一人で帰る気がなくなった。

 数秒間の沈黙の後、振り返って、元居た場所に戻りレイヴンの手を取った。

「え? 何、どしたの?!」

 しんみりした空気をぶち破ったユーリに、レイヴンは訳がわからず戸惑う。

「俺、眠れないの。おっさん暇だろ? 付き合えよ」

「ちょ、え、青年?!」

 まだ潤む瞳を隠していた手が無くなって、ぐずった表情が露わになる。頭の上には幾つものハテナが浮かんでいるようだった。

「そんなことにエネルギー使うより、もっといい使い方、あんだろ?」

 掴んだ手を引き、よろけた体を抱き締めて。腕の中に、レイヴンの生暖かい体温を感じる。

「……やぁねー、口説き方がオヤジくさいわよ」

「ははっ、おっさんに言われたら終わりだな」

 見られるのがやはり嫌なのか、首もとに顔を埋めたまま声だけ投げかけてくる。

(……拒否しないってことは、構わないってことなんだよな)

 聞かずに解釈し、羽織りに手を潜り込ませ尻を弄る。

「ひっ」

 いきなり鷲掴みにすれば、びくりと体が跳ね上がる。揉み扱いて徐々に割れ目に向かっていけば、期待か不安か体が僅かに震えた。

 押し込むように指を食い込ませれば流石に文句の一つも飛んでくるもので。

「ここで、なんて、聞いてないわよ……!」

「星空見ながらなんてロマンチックだろ?」

 やっとこっちに顔を向けたと思えば、泣いて目が赤い……ことよりもっと染まる頬が愛らしい。熟れた林檎のようなその頬に短い口付けを落とす。

「んっ……」

 擽ったそうに目を閉じて、お陰で言おうとしてた文句が出なくなったじゃない! なんて言いたげな顔をされる。

 気にせず衣服をずらし直接秘部に触れると、生暖かい外気に晒されたせいもあるのかきゅっと絞まった。

 指先を口に含み、唾液で濡らし、後孔へ。

 中指を爪の付け根までつぷりと差し入れ、痛がっていないのを確認する。ゆっくり進め、第一関節を過ぎたところで一気に奥まで押し込んだ。

 奥まで飲み込んでも余裕そうなそこに、もう一本、また一本と指を増やしては広げていく。

「っぁ、ふ、うぅ……」

 その都度膝は震えて、服を掴む力は増していく。遂には掴むだけでは足りずにしがみつくように首に手を回して。

「たまんねー?」

「もっ……誰か、来たら、っど、すんの……っ!」

「さーなー。そこまで考えてなかった」

 気温が高いせいで額には既にうっすらと汗が浮かぶ。暑さに強いレイヴンですら暑苦しそうに見えた。

 前立腺に柔く触れれば、堪らず甘い声が漏れる。

「あぁっ、ぁ、んん」

 中への刺激で、レイヴンの雄は固くなって堂々と上を向いている。膝の震えは強くなる一方で、今にも折れそうだ。そろそろ限界か、と体を前に押して、柵にレイヴンの背を預ける。

 支えに任せて一旦指を抜き去り、改めて前から挿れ直した。

「ああぁあっ、は、ああっ」

 抜かれた刺激と、入ってきた指が前立腺を掠めた刺激とで、レイヴンは背を反らせ嬌声を上げた。

「指だけでイくなよ、な」

 可愛いからからかうように笑ったら、睨まれた。

 言いながらそろそろユーリも我慢の限界で、再度指を抜き去り自らのズボンを寛げる。

「ね……ほんとに、するの?」

「誰か来たら見せつけてやるよ」

「もう……お手上げ」

 不安そうにきょろきょろしていたが、最終的には成るように成れ! な溜め息を一つ。

 レイヴンで興奮した自身をあてがえば、構えるように首に回した手に力がこもる。

 片足を担いで、柵に乗り上げるんじゃないかってくらいに持ち上げて。グッと腰を押せば先端が食い込んで、ただでさえ暑い外の空気を上回る熱に包まれる。

「っく、ぅ」

 苦痛に歪む顔。もっと押し込めば後は勢いでぶつかるところまで突き進む。そこまで行けば表情が恍惚に変わり潤んだ瞳を僅かに開く。

「んあああ、っ」

「……んだよ、一瞬でスイッチ入りやがって」

 背中を柵に押し付けながらギリギリまで抜いては奥へ奥へと押し進め。前立腺を擦りながら、端から端まで肉壁を満喫していく。

「や、だっ……んな激しくしない、っ……で!」

 捕まっていないと保てない姿勢で、口が抑えられずに嫌でも喘ぐしかない状況。

 静かな夜に、卑猥な音と共にレイヴンの甘い声が響く。

「あふぅ、あああっ、ふ、ぅんん」

 緊張感も交わって感じ過ぎるのか、抑えるどころか声はどんどん大きくなっていく。堪能していたいけれど、マジで人が湧いてきそうで。

(正直、レイヴンのこの姿を楽しむのは俺だけでいい)

 だから深く口付けて、吐き出す喘ぎを飲み込んでやる。

「んむぅうう、んっ、ぐぅっ」

 中にごもって苦しそうに聞こえる喘ぎと裏腹に、もっと、と欲するように引き寄せてくる腕が、レイヴンの本質を掻き出しているようで。

 こうしている間だけは、レイヴンに必要とされていると思える幼稚な自分に鼻で笑う。

「な、もう……中、出すな」

「ひあああ、あっ、あっ、っゆーりっ」

 口を離せば肺に酸素を送ろうと過呼吸のようになり、それでも外に出ようとする喘ぎとぶつかって、息を吸っているのか吐いているのか。

 それを再び塞いで、最後とばかりに最奥まで押し込むと、ユーリの猛りはレイヴンの中に熱い液体を放った。

「っ……ふ」

「んふうううう……っ!」

 放物線を描くようにギリギリまで腰を反らせ、レイヴンも勢い良く飛沫を撒いた。

 ゆっくりと口を離せば細く引いた唾液が街灯に照らされ光り、ぷつりと切れる。

「ん……っふ、うぁ」

 同時にレイヴンも、糸が切れた人形のようにがくりと力が抜けた。支えながら腰を下ろしてやると荒い呼吸を繰り返しながら、柵に背を預け、ぼうっと胸を抑える。

「っはー……、ドクドクしてる」

 脈打つ胸の魔導器に服越しに手を当てて、艶っぽい息を吐きながら鼓動の音に浸る。

 レイヴンの手に重なるように手を置けば、手の甲を越して鼓動の揺れが伝わってきた。

 少し速いけれど、正常なリズムを刻むそれは、正常にレイヴンを保っている。

「ちゃんと、綺麗な音してるよ」

「そう、ね」

 ユーリが重ねた手の上にもう一方の手を重ね、ギュッと掴むとレイヴンは一瞬だけ笑みを零した。


(不安になったら、俺がまた動かしてやる。俺があんたの動力になってやる。……なんて、今の俺にはまだ、そこまでは言えねえけど)


「暗い顔してたら、また星空見ながら燃焼コースな」

「も、こんなヒヤヒヤするのはごめんよ」

 顔を合わせて、見つめ合って、笑う。


(あんたの鼓動を高鳴らせる事が出来るのは、俺だけだって、今だけは……)


「落ち着いたら、宿戻ろうぜ」

「……そうね」

 鼓動の音が、徐々に本来の規律を取り戻すのを手のひらで感じながら。暑さを忘れるまで、更ける夜空を二人で眺めた────。






2009.12.10