続・22歳おめでとう

22歳おめでとうユーリ


 ※誕生日祝いにくろな様よりいただいた、こちらの話の続編になります。








「見えないところにいるのが不安だ。何か無茶してねえかって思う」

 ユーリが言う。

 先程、俺の唇を塞いだ、その口で。

「あんたにずっとそばにいて欲しい。あんたが、欲しい」

 切羽詰まって、捲し立てるように。

「〜〜っ……何よ、それ……」

 そう言って、肩に手を置いて真正面から見据えてくるユーリの手は、力強い口調とは違い、とても優しかった。


 あまり開きたくはない蓋ではあるが、過去の俺はそれなりに遊んできた。──それは勿論、そういう意味で、だ。

 一人の相手に入れ込むことはなかったが、それでも交際にまで至ったことも何度かある。だがしかし、そのどれもで、こんな直球の言葉を投げかけられたことがあったろうか。


 あんたが……欲しい、などと。


 自分でも口にしたことが無ければ、どれだけ記憶を手繰ろうが、それらしい言葉すら言われたことはない。ましてや、自分よりも十以上も若い男から、となれば尚更だ。

 一体どういう顔をして受け止めたら良いかもわからず、レイヴンはがしがしと短い爪で頭を掻いた。

「あー……心配とか不安とかが、ごっちゃになっちまってるだけじゃなくて……?」

「心配だし不安だし……それとは別に、あんたが愛おしくてしょうがないんだ」

 念の為にした確認は、尚も大胆な告白で返されて目眩がしそうだった。

「俺、おっさんよ? ……わかってる?」

 肩に置かれた手の熱さに、既に絆されかけているというのに。

 それでも投げかけた問いに対し、無言で握られた手がユーリの胸元へと導かれ、レイヴンは肺が空になりそうな程に深く溜息を吐いた。

「……っはぁ〜〜~……勘弁してちょうだい……」

 常に広く開けた青年の肌。強引に運ばれた手が触れる、心臓の辺り。手のひらには、青年のクールな態度とは異なり、緊張にバクバクと高鳴る心音が伝った。

 言葉で返されるより、はるかに、堪える。

「……わかんだろ。諦めろって」

 あまりにも近距離にいるのに、目を逸らしていたせいで気が付かなかったが、よく見ればユーリの頬には若干赤が差している。

 青年も色恋が絡むとこんな風になるのか……と。相手が俺じゃあなければからかってやりたくもなるのだが、残念ながらその相手は俺本人だというのだから、これでは笑うに笑えない。

「諦めろったって……」

 気が付けば、空気に飲まれて自分の鼓動も速くなっていて。視線がかち合えば、体温も上昇していくのがわかる。

 瞬きするのも惜しい程、穴が空きそうな程にじっと見つめてくるユーリの瞳に、捕らわれてしまったかのように目が逸らせなくなってたじろいだ。

「ぅ…………」

 見つめ合う、黒と翠。

 初めて見る、ユーリの子犬のような……否、発情を抑える狼のような……それでいて真摯な表情。

 これだけ真剣に告白してくれているのに、いくらレイヴンとて、さすがに茶化すなど出来るはずもなく。ごくりと唾を飲み込むと、腹をくくって言葉を紡いだ。

「……おっさん、青年のことは大事だし、その……すき……だけどさ」

 ────すき。

 そういう意味ではないけれど、声に出してみると思いのほか恥ずかしく、心臓を象る魔導器がどくんと脈打つ。

 同時に、発されたその短い言葉に反応するように、触れたままのユーリの心臓もまた大きく脈打つのを感じて動揺した。

「おっ、同じ気持ちかとか、応えられるかとかは……別の話っていうか」

「今はダメってことか?」

「今は、っていうか……」

 自分の返答ひとつでユーリの声音が沈んでいくのがわかり、胸がチクチクと痛んだ。

 気付けば肩に置かれた手には痛いくらいに力が篭っていて、続く言葉を待つユーリの心情が、手に取るようにわかってしまう。

 憐れに思ったところで、二つ返事でいいよ、とは言ってあげられない。しかし何とかしてこの空気を打破したくて、そのために、レイヴンは言葉を続けた。

「で、でもっ…………気持ちは、嬉しいし、さ……。その〜……キス、すんのも…………嫌じゃ、なかったよ」

 告白に対して、仲間以上の答えがわからなかった。だが、件の告白も……そして、突然の口付けも。先程は驚きのあまり突き放してしまったが、どちらも……不思議と嫌でなかったのは事実だ。

 その素直な気持ちを、レイヴンは声にした。深く考えずに。

「…………」

 レイヴンがそう告げた途端、ユーリの纏う空気が変わった。それは緊張感が途切れ、張り詰めた糸が弛んだような。

 突如としてポカンと開いた口と、大きく見開かれた綺麗な黒曜の瞳。肩に置かれている手の力が抜け、強ばっていた体は明らかに弛緩し、仕舞いには項垂れて下を向いてしまった。

「えっ…………ユーリ?」

 不思議に思い名を呼べば、下に向けた口からは大きく溜息が吐かれた。

「はぁぁぁ〜〜……。あんたさ…………それ、意味わかって言ってんの?」

 それ、とはどれの事だろうか。すき、と伝えた事か、それとも…………

「俺、男だぞ」

 自分の言葉を思い返しているレイヴンに、頭を上げたユーリの視線が刺さる。

「何よ今更」

 ユーリの問い掛けに眉を顰める。

「わかってるわよそんなこと、だから……」

 わかっているに決まってる。そもそもそれは、さっきこちらが言ったセリフだ。俺も、そして綺麗な顔をしているとはいえ、ユーリもれっきとした男だ。そんなこと最初から…………


「あ、れ……?」


 ……そうだ。ユーリは、男だ。

 わかっている。わかっていたはずなのに。


 それなのに────俺はさっき、何と言った? 

 キスすんのは、嫌じゃなかった?

「……っっ?!」

 血迷ってるのは、俺の方じゃないか。

 どんなに綺麗だろうが、相手は────野郎だぞ。


「……なあ。それが、あんたの答えだって……受け取ってもいいんだよな?」

「ま、……って」

 整った輪郭が。少し開いた、艶やかな唇が。

 再び近付いてきて…………自分の唇と、重なった。

「ゅ…………っ」

 押さえ付けられているわけではない。振り払おうと思えば、さっきみたいに振り払えるのに。

 瞳に飼われた獰猛な狼からは想像もつかないような、柔らかい唇と動作が織り成す、同じく柔らかい口付けは、レイヴンから拒否という選択肢を見事に奪い去った。


 嫌じゃ……ない。


 目を閉じて、与えられるままに受け入れる姿を見て、ユーリは肩にある手をそっとレイヴンの後頭部へと回した。

 触れるだけの口付けから、絡め合う口付けへと。段々と深くなっていく行為に、レイヴンの口からは思わず甘い息が漏れた。

「ふ、ぁ…………」

 舌が、唾液が、ユーリのものと混ざり合う。

 身長差十センチ。

 少し高い位置から聞こえるユーリの荒い息遣いと、口内から直接頭に響く、くちゅくちゅと何ともいやらしい音が、徐々にレイヴンの理性を奪っていく。


 こんな本気の口付けを野郎として、"嫌じゃない"なんて………………そんなの、もう────


「ゆぅ……り……」


 縋るようにして、ユーリの背に手を回す。

 そこからはもう、全てが一瞬の出来事だった。


 腕を引かれ、ベッドに押し倒され。驚きに声を発する間もなく、ユーリが覆い被さってきた。

 唇は、さっきのですら生ぬるいと思わせるぐらいの、深く濃厚な口付けで塞がれ、いつの間にかシャツのボタンが開かれて胸元が暴かれた。

 露わにされた肌色を流れるようにして、首筋に、鎖骨に、ユーリの柔い唇が滑り降りて行く。

 左胸に煌々と輝く心臓魔導器が大きく脈打つのを見て、余裕の無い笑みを浮かべたユーリに、吐息混じりに名を呼ばれた。

「レイヴン……。俺は、あんたのことが好きだ」

「っ……ユー、リ」

「あんたは…………まだ、答えらんねえか?」

 まるで、その問いの答えを知っているかのように。

 顔を赤く染め、横たわるレイヴンを見つめながら、ユーリはするりと腰帯を解いた。

「お、れは……」

 徐々に露になっていくユーリの白い肌に頬を染めながら、レイヴンはシーツをくしゃりと握り締める。

「俺は…………」




 レイヴンが口にした答え────それは消えそうに小さな声で、ユーリの耳にだけ届いた。

 満足そうに笑うユーリに、再度唇を塞がれて。

 レイヴンは、ああ、やっぱり何度されても……嫌じゃないなぁ……と目を閉じながら思うのだった。









2023.2.24

フォロワーさん(くろなさん @harukurona)との合作で書かせていただいたもの。自分の作風を殺さず、人と空気感を合わせるという試みはとても楽しかった……緊張したけれど。とても。