※誕生日祝いにくろな様よりいただいた、こちらの話の続編になります。
「見えないところにいるのが不安だ。何か無茶してねえかって思う」
ユーリが言う。
先程、俺の唇を塞いだ、その口で。
「あんたにずっとそばにいて欲しい。あんたが、欲しい」
切羽詰まって、捲し立てるように。
「〜〜っ……何よ、それ……」
そう言って、肩に手を置いて真正面から見据えてくるユーリの手は、力強い口調とは違い、とても優しかった。
あまり開きたくはない蓋ではあるが、過去の俺はそれなりに遊んできた。──それは勿論、そういう意味で、だ。
一人の相手に入れ込むことはなかったが、それでも交際にまで至ったことも何度かある。だがしかし、そのどれもで、こんな直球の言葉を投げかけられたことがあったろうか。
あんたが……欲しい、などと。
自分でも口にしたことが無ければ、どれだけ記憶を手繰ろうが、それらしい言葉すら言われたことはない。ましてや、自分よりも十以上も若い男から、となれば尚更だ。
一体どういう顔をして受け止めたら良いかもわからず、レイヴンはがしがしと短い爪で頭を掻いた。
「あー……心配とか不安とかが、ごっちゃになっちまってるだけじゃなくて……?」
「心配だし不安だし……それとは別に、あんたが愛おしくてしょうがないんだ」
念の為にした確認は、尚も大胆な告白で返されて目眩がしそうだった。
「俺、おっさんよ? ……わかってる?」
肩に置かれた手の熱さに、既に絆されかけているというのに。
それでも投げかけた問いに対し、無言で握られた手がユーリの胸元へと導かれ、レイヴンは肺が空になりそうな程に深く溜息を吐いた。
「……っはぁ〜〜~……勘弁してちょうだい……」
常に広く開けた青年の肌。強引に運ばれた手が触れる、心臓の辺り。手のひらには、青年のクールな態度とは異なり、緊張にバクバクと高鳴る心音が伝った。
言葉で返されるより、はるかに、堪える。
「……わかんだろ。諦めろって」
あまりにも近距離にいるのに、目を逸らしていたせいで気が付かなかったが、よく見ればユーリの頬には若干赤が差している。
青年も色恋が絡むとこんな風になるのか……と。相手が俺じゃあなければからかってやりたくもなるのだが、残念ながらその相手は俺本人だというのだから、これでは笑うに笑えない。
「諦めろったって……」
気が付けば、空気に飲まれて自分の鼓動も速くなっていて。視線がかち合えば、体温も上昇していくのがわかる。
瞬きするのも惜しい程、穴が空きそうな程にじっと見つめてくるユーリの瞳に、捕らわれてしまったかのように目が逸らせなくなってたじろいだ。
「ぅ…………」
見つめ合う、黒と翠。
初めて見る、ユーリの子犬のような……否、発情を抑える狼のような……それでいて真摯な表情。
これだけ真剣に告白してくれているのに、いくらレイヴンとて、さすがに茶化すなど出来るはずもなく。ごくりと唾を飲み込むと、腹をくくって言葉を紡いだ。
「……おっさん、青年のことは大事だし、その……すき……だけどさ」
────すき。
そういう意味ではないけれど、声に出してみると思いのほか恥ずかしく、心臓を象る魔導器がどくんと脈打つ。
同時に、発されたその短い言葉に反応するように、触れたままのユーリの心臓もまた大きく脈打つのを感じて動揺した。
「おっ、同じ気持ちかとか、応えられるかとかは……別の話っていうか」
「今はダメってことか?」
「今は、っていうか……」
自分の返答ひとつでユーリの声音が沈んでいくのがわかり、胸がチクチクと痛んだ。
気付けば肩に置かれた手には痛いくらいに力が篭っていて、続く言葉を待つユーリの心情が、手に取るようにわかってしまう。
憐れに思ったところで、二つ返事でいいよ、とは言ってあげられない。しかし何とかしてこの空気を打破したくて、そのために、レイヴンは言葉を続けた。
「で、でもっ…………気持ちは、嬉しいし、さ……。その〜……キス、すんのも…………嫌じゃ、なかったよ」
告白に対して、仲間以上の答えがわからなかった。だが、件の告白も……そして、突然の口付けも。先程は驚きのあまり突き放してしまったが、どちらも……不思議と嫌でなかったのは事実だ。
その素直な気持ちを、レイヴンは声にした。深く考えずに。
「…………」
レイヴンがそう告げた途端、ユーリの纏う空気が変わった。それは緊張感が途切れ、張り詰めた糸が弛んだような。
突如としてポカンと開いた口と、大きく見開かれた綺麗な黒曜の瞳。肩に置かれている手の力が抜け、強ばっていた体は明らかに弛緩し、仕舞いには項垂れて下を向いてしまった。
「えっ…………ユーリ?」
不思議に思い名を呼べば、下に向けた口からは大きく溜息が吐かれた。
「はぁぁぁ〜〜……。あんたさ…………それ、意味わかって言ってんの?」
それ、とはどれの事だろうか。すき、と伝えた事か、それとも…………
「俺、男だぞ」
自分の言葉を思い返しているレイヴンに、頭を上げたユーリの視線が刺さる。
「何よ今更」
ユーリの問い掛けに眉を顰める。
「わかってるわよそんなこと、だから……」
わかっているに決まってる。そもそもそれは、さっきこちらが言ったセリフだ。俺も、そして綺麗な顔をしているとはいえ、ユーリもれっきとした男だ。そんなこと最初から…………
「あ、れ……?」
……そうだ。ユーリは、男だ。
わかっている。わかっていたはずなのに。
それなのに────俺はさっき、何と言った?
キスすんのは、嫌じゃなかった?
「……っっ?!」
血迷ってるのは、俺の方じゃないか。
どんなに綺麗だろうが、相手は────野郎だぞ。
「……なあ。それが、あんたの答えだって……受け取ってもいいんだよな?」
「ま、……って」
整った輪郭が。少し開いた、艶やかな唇が。
再び近付いてきて…………自分の唇と、重なった。
「ゅ…………っ」
押さえ付けられているわけではない。振り払おうと思えば、さっきみたいに振り払えるのに。
瞳に飼われた獰猛な狼からは想像もつかないような、柔らかい唇と動作が織り成す、同じく柔らかい口付けは、レイヴンから拒否という選択肢を見事に奪い去った。
嫌じゃ……ない。
目を閉じて、与えられるままに受け入れる姿を見て、ユーリは肩にある手をそっとレイヴンの後頭部へと回した。
触れるだけの口付けから、絡め合う口付けへと。段々と深くなっていく行為に、レイヴンの口からは思わず甘い息が漏れた。
「ふ、ぁ…………」
舌が、唾液が、ユーリのものと混ざり合う。
身長差十センチ。
少し高い位置から聞こえるユーリの荒い息遣いと、口内から直接頭に響く、くちゅくちゅと何ともいやらしい音が、徐々にレイヴンの理性を奪っていく。
こんな本気の口付けを野郎として、"嫌じゃない"なんて………………そんなの、もう────
「ゆぅ……り……」
縋るようにして、ユーリの背に手を回す。
そこからはもう、全てが一瞬の出来事だった。
腕を引かれ、ベッドに押し倒され。驚きに声を発する間もなく、ユーリが覆い被さってきた。
唇は、さっきのですら生ぬるいと思わせるぐらいの、深く濃厚な口付けで塞がれ、いつの間にかシャツのボタンが開かれて胸元が暴かれた。
露わにされた肌色を流れるようにして、首筋に、鎖骨に、ユーリの柔い唇が滑り降りて行く。
左胸に煌々と輝く心臓魔導器が大きく脈打つのを見て、余裕の無い笑みを浮かべたユーリに、吐息混じりに名を呼ばれた。
「レイヴン……。俺は、あんたのことが好きだ」
「っ……ユー、リ」
「あんたは…………まだ、答えらんねえか?」
まるで、その問いの答えを知っているかのように。
顔を赤く染め、横たわるレイヴンを見つめながら、ユーリはするりと腰帯を解いた。
「お、れは……」
徐々に露になっていくユーリの白い肌に頬を染めながら、レイヴンはシーツをくしゃりと握り締める。
「俺は…………」
レイヴンが口にした答え────それは消えそうに小さな声で、ユーリの耳にだけ届いた。
満足そうに笑うユーリに、再度唇を塞がれて。
レイヴンは、ああ、やっぱり何度されても……嫌じゃないなぁ……と目を閉じながら思うのだった。
2023.2.24
フォロワーさん(くろなさん @harukurona)との合作で書かせていただいたもの。自分の作風を殺さず、人と空気感を合わせるという試みはとても楽しかった……緊張したけれど。とても。