止まぬ光

 今は肌寒い季節だというのに、不釣り合いな格好をしている青年が一人。

「そんな格好で寝てるとおへそ取られちゃうわよ?」

 外は雷雨。

 雨風が窓を打つ音だけでも煩いというのに、轟々と雷の音が合わさって益々煩い。

 そんな雷光る時に、上半身裸で横たわっている青年に声を掛ける。

「何だそりゃ。普通風邪ひくぞ、とか言うんじゃねえの?」

 青年が間を置いてから笑い出す。普通ならそっちを指摘すべきかも知れないが。

「風邪なら治るけど、おへそはなくなったら戻って来ないわよ~?」

「その年になってまーだそんなこと言ってんのかよ」

 心配して言ってるのに馬鹿にするように笑うから、年甲斐もなくムッとしてしまう。

「あら。年は関係ないでしょ」

 からかってると思っていたのか、そんな俺様の表情を見て戸惑う青年。

 一瞬困ったような顔を浮かべた後、直ぐ様パッと何かを思い付いたような顔に変わったと思えば。

「んじゃ、おっさんが隠してくれよ」

「へ?」

 出て来た言葉は予想外。

「ふ、服着れば済むじゃないの」

 ニヤニヤしながら見てくる青年から慌てて顔を反らす。何でこんなにドキドキしてんのよ俺様ってば。

「あー早くしてくんねーとヘソがなくなっちまう」

 そんな俺を急かすような口振り。言い出しっぺはおっさんなんだから、と訴えているようだ。

「はぁ~手のかかる大将だこと……」

 参った参ったと手をぱたぱたと振って、青年に近付く。勝った! みたいな表情を浮かべる青年にちょっと悔しくなる。

 でもいつだってこのペースにはめられちゃうのよねぇ。

 よいしょ、とベッドに乗り、更に青年の上に覆い被さる。顔が、青年の胸元に触れる。腹部を隠すように体も密着させれば、嬉しそうな声がした。

「おっさんあったけえ」

「青年はちょっと冷たいわよ」

 空気に体温を奪われたのか。直接触れる頬に、少しひんやりする肌が気持ちいい。

 同時に規則正しく叩く鼓動の音が心地いい。

 この場所が、思った以上に居心地がよくてうとうとしてしまいそうで。

「寝るなよ?」

「ね、寝ないわよ」

 喉を鳴らすような笑いが響く。その声ですら、心地がいい。

 寝ない、なんて言ったけれど自信がない程に。

「……生きてる~って感じがするわ」

 ボーっとする頭で、ふと独り言のように言う。

「こんなところでか?」

 笑って流されるかと思ったその言葉は拾われて。

「ん、青年の体温が低いから……」

「自分の体温を感じるってか」

 答えようとした言葉は途中から青年に奪われる。

 さらりと言ってしまえばそんなに恥ずかしくなかったのに、見透かされているこの現状が恥ずかしい。

「やぁね~青年ったら何でもお見通しで」

「おっさんのことだからな」

 更にそんなことを言うもんだから。恥ずかしさに恥ずかしさを上乗せしたような、そんな気分になる。

「それ殺し文句よ?」

「ははっ、そりゃ悪かった」

 青年のせいで顔が熱いじゃないの。

 未だに少し冷たい青年の肌だから、火照る熱を一際感じてしまう。

「あ~ホントおっさんあったけぇ」

「青年は、まだ冷たいわ」

 外は雷雨。

 雨風が窓を打つ音だけでも煩いはずなのに。耳に入るのは青年の声と鼓動の音だけ。

「雨、止まないな」

「そうねぇ」

 外を見ればガラス越しに無数の透明な線。暗雲からは轟音と共に一筋の光の線。

 憂鬱な天気。早く止めばいいのに、なんて思っていたのに。

「俺様はもう少し、降っててほしいわ」

「そーだな」

 今は逆に、降り続けばいいのになんて思っちゃうのよねぇ。

「止むまでヘソ、守っててくれよ?」

「しょうがないわね~」


 まるで2人、雷を口実にくっついて。

 冷たい程に熱を与えて。

 熱い程に熱をもらって。

 そうして釣り合って、互いの必要性を理解する。


 どうか、少しでも長く雨が続けば。


 少しでも長く、今が続けば……。







2008.11.22