枯れた花に一雫の愛しみを

 ユーリには、花が良く似合う。

 

 花束抱えてお嬢さん……なんて声をかけるのは、どちらかと言わなくても俺の方だ。

 そうではない。

 ユーリの横に並ぶのは、やはり華やかな、女性が似合うという、そういう話だ。

 派手でなくてもいい。淑やかな花、可憐な花、向日葵のような生に満ち溢れた花。ユーリの隣に寄り添うべきは、やはりそういった花が相応しいと、常々思っていた。

 それでも、優しい笑みと、端正な作りからは想像も出来ない程に温かな手で、体で包まれると、そこに居ることを許されたような気になって。一度でもそれを知ってしまうと、手放すことが怖くなってしまう。

 そうやって、ユーリの隣を、俺が奪っているのだ。

 

 自分に花の喩えを用いる事すらおこがましいが、俺は枯れた花だ。枯れた花というものは、運気を下げる。正しく、今の俺の存在そのものだろう。

 ユーリの隣で、ユーリを、ユーリの未来を蝕むもの。

 それが、俺なのだ……────。

 

 

       *

 

 

 今日、各地では、女子の成長を願う祭りが行われていた。貴族出身とはいえ、男揃いの我が家には縁のなかった行事。

 そしてきっと、これからも。

 豪奢ではないにせよ、綺麗に着飾る可憐な少女達。摘んだ花で作られた艶やかな華飾り。母のお手製故か、顔も形も皆違う可愛らしい人形。

 室内だけではない、外にまで漏れ出した鮮やかな光景が、いかにも女の子の為の行事であることを告げている。

 頭の後ろで「皆の為に作ってきたわよ!」と呼びかけるご婦人の声がして振り向けば、食べるのも勿体無いような、桃色のお菓子が抱えられていて目を奪われた。

 

「見てくださいユーリ!」

 はしゃぐ彼女────エステルは、自らが女子で、また皇族という高貴な身分でありながら、そういった行事とは縁遠かった。

 書物の中でしか知らなかった光景が、今まさに目の前に広がっている。

 右に左に慌ただしく視線を動かしては、着飾った少女達のはしゃぐ姿を大きな瞳に映し、自身もまた、同じようにはしゃぐのだ。

 目が合えば少女に手を振り、その度に堪えきれずに顔を緩ませては、可愛いです、見てください、と幾度となくユーリの袖を引く。

 

 彼女の絵本の題材にと。雛祭という行事を見て回りたいというエステルたっての希望は、依頼もなく、予定の空いていたユーリが叶えることとなった。

 やめておけばよかったのに、居合わせたレイヴンは、エステルの「一緒にどうです?」の掛け声に、「俺様も良いの? 行く行くー!」と二つ返事で同行してしまったのだ。

 ハルルに始まり、帝都を巡り下町まで。

 ユーリにしてみれば、下町においては毎年見慣れた光景であり、テンションの上がったエステルを見る目は、はしゃぐ少女を見るそれと同じであることに、気付こうとすれば、気付けたのかもしれない。

 そう、この時既に、レイヴンは冷静さを失っていた。

 

 エステルという少女を、無意識に花に見立てて。

 

 最初は良かったのだ。

 ユーリに付かず離れず後ろを歩きながら、エステル同様に新鮮な気持ちで祭りの一端を垣間見る。

 だが、段々と。自分でもわからない程度に少しずつ。

 腹の底に得体の知れない何かが淀んでいき、違和感に気付いた時には、ユーリとの距離が大分開いていた。

 すぐ近くで笑っていたはずのユーリが、遠く感じた。手を伸ばしても、もう、届かない距離。

 

(……っっ!!)

 

 ヒュッと喉が鳴る。胸が苦しい。息が、うまく吸えない。

 淀みの正体が何かなど、気付きたくはなかった。嫉妬? そんな可愛らしいものなどではない。

 これは────絶望だ。

 愛しい人の幸せは、俺の隣には無いのではないか。

 晴れてユーリと結ばれてから、ずっと考えていたことだ。

 心の奥に蓋をしてきた感情。溜め込んで澱となったもの。それが不意に、溢れ出してきてしまった。

 俺の幸せは俺が決める。

 そんなユーリの言葉に頬を染め、この男を好きになって良かったと泣いた夜もあった。

 だが、それは本当にユーリにとっての幸せなのだろうか。否。俺が隣にいたら、それは叶うはずがないのだ。

 そんな折、エステルがユーリに対して「私もいつか参加したいです」と呟いた声が、聞こえてしまった。

 彼女が発したその言葉は、自身の成長を願われてみたいのではなく、紛れもなく、願ってみたいという想いからだった。  

 

 即ち、我が子の、という意味で。

 

 それを察したユーリが優しい声音で。

「エステルには、何だかそっくりな女の子が産まれそうだな」

 

 そう返した辺りから、レイヴンの記憶は、すっぽりと抜けてしまっていた────。

 

 

       *

 

 

「────ヴン」

 良く知る声が、聞こえる気がする。

「────イヴン」

 大好きな、俺を呼ぶ声が。

「おい!レイヴン!」

「っっ!!」

 目の前に、声の主が居た。

「えっ、何……痛っ……」

 余りにも強く名前を呼ばれ、体と、心臓が跳ね上がった。掴まれた腕がギリ、と音を立てる。

「やっと……はぁぁ……」

 掴まれた腕の力が抜け、ユーリが大きく息を吐きながら項垂れる。

「ユー……リ?」

 どうやら俺は心ここに在らずの状態で、二人の後ろを歩き続けていたようで。

 嬢ちゃんを送り届けるところまで、へらへらと笑い、いつもの調子で受け答えもしていたらしい。記憶にはないが。

 それが嬢ちゃんと別れた途端、電池が切れたかのように虚ろになり、返事をしなくなった俺を、ユーリが焦って自室まで連れて来て────今に至る。

 よく知った香りのする、よく知った部屋。とうに日が暮れて、夜が覗く薄暗い部屋。

 ベッドに座らされた俺の前で、安堵の溜息を吐く男を見て、ユーリが此処に……手の届く距離に居てくれる現実に、レイヴンもまた安堵の溜息を漏らしそうになり飲み込んだ。

「えっと……ごめんね? もう大丈夫だから。年甲斐もなくはしゃいで、俺様疲れちゃったみたいね」

 胸の前で手を合わせ眉を八の字にして謝るレイヴンを、腕を掴んだままのユーリが怪訝そうな顔で見つめる。

 暫しの間を置いて、大きく息を吐いたユーリの長い髪が、レイヴンの頬を掠める。

 擽ったさに身を捩る暇もなく、腕にあった手が首に回され、顔をユーリの肩に埋める形で、レイヴンは抱き込まれた。

「言う程はしゃいでなんかいなかっただろ……」

「いや〜面目ない。俺様もビックリだわ……」

 あからさまな嘘を見抜かれて。それでも尚笑って取り繕えば、レイヴンが本心を明かさない事への怒りか苛立ちか、首に回す腕に力が篭る。

「く、苦しい……」

 藻掻くようにユーリの背中に手を伸ばす。温かい背中に指が触れた。

「……何ともないんだな?」

 荒げないようにと自制したのだろう。問い掛ける声は、俺よりも苦しそうだった。

「ん……もう平気。……ごめんね?」

 レイヴンの二度目の謝罪で漸く離れたユーリは、再び溜息を吐きそうな、到底納得などしていない顔をしていた。

 だが、多分俺が酷い顔をしているから、それに気を遣っているのだろう。それ以上は何も言わないでいてくれる。

 自分の顔が見られない為想像でしかないが、さっきからにへらと口を緩ませてみてはいるものの、いつものように上手くいっている気がしない。

「腹は」

「大丈夫」

「じゃ、先に横んなってろ」

 額を一突きされた後、水の注がれたグラスを手渡される。ユーリの優しさが身に染みて、目頭が熱くなるのを感じた。

 グラスに口を付ければ、渇いた花が如く、喉が渇いている事を思い出し一気に水を飲み干した。

 そして何かを呟きながら部屋を後にするユーリを横目に、ベッドサイドの棚へと空になったグラスを置いた。

 コトン、と木製の棚に響く柔らかい音がスイッチとなり、ベッドに横たわるとレイヴンはすぐさま眠りへと誘われた。

 

 

       *

 

 

 笑い声が聞こえる。何処から聞こえるのか、声のする方を探す。真っ白な世界に、ふいに知った姿を見つける。

(ユーリ!)

 発したはずの自分の声が聞こえなかった。もう一度、愛しき人の名前を呼んでみるも、やはり何も聞こえない。声が出なくなったのかと戸惑う。

 

 笑い声が、聞こえる。ユーリの方から。

 ユーリの声と、もう二つ。何だか嫌な予感がして、無意識に胸の魔導器に手をやる。

 声は出ないというのに、心臓の音はやけに煩く響く。

 

 ユーリの隣に、誰かがいる。

 見るな。見るな。と頭の中に警鐘が木霊する。

 

 ユーリの隣に、良く知る姿がある。

 見るな。やめろ。見るな。

 目が離せない。息を殺す。瞬きも忘れて。

 

 ユーリの隣に、嬢ちゃんがいる。笑っている。

 やめろ。やめろ。やめろ。ガリ、と魔導器に爪を立てる。

 

 その傍らで、嬢ちゃんを縮小したかのような。桃色の髪を揺らす愛らしい女の子が、笑いながら駆け回っている。

 二人の間で足を止めた少女が、右手で嬢ちゃんの手を握る。そして左手を、ユーリに向けて伸ばした。

 その手を、ユーリが、ユーリの手が、優しく握る。

 

 やめろ……やめろやめろやめろ!!! もうやめてくれ!!!

 

(やめてくれ────!!!)

 

「っっっ」

 目が限界まで見開いた。自らの手で軋む魔導器。吸い込んだまま吐き出せない空気。カラカラになりそうな程に、噴き出した汗で濡れる体。

「っは、っは」

 呼吸の仕方を思い出したかのように、肺が酸素を取り込む。気道が痙攣し、喘鳴がした。噎せそうになるのをグッと堪え、漏れ出る嗚咽を手で覆い隠す。

(夢…………か)

 時刻はいかほどだろうか。三更か四更か。静謐とした部屋を、月明かりがぼんやりと照らしている。

 視界に映る自分の手が、部屋の青暗さで、血の気を失ったように見える。

 まだ耳に残る、鮮明な笑い声に、鼓動は未だ乱れたまま。額を伝う汗が、体温よりも冷えて冷たい。

 幾度か深呼吸をし、何とか呼吸を落ち着ければ、背中にユーリの体温を感じて、今更隣で寝ている事に気が付いた。

 音を立てないよう、静かにベッドから身を起こす。背中合わせになっていたユーリの方を向き、規則正しい寝息を聞く。

(ユーリ。大好きなユーリ)

 背中に手を置き、整った鼓動の振動に触れる。

(お前さんには、幸せになって欲しいんだよ。本当に、大好きだから)

 

 温かい光景。眩しい笑顔。

 やはり、ユーリの隣には、花が良く似合う。

 

 自分に花の喩えを用いる事すらおこがましいが、枯れた花には害しかない。

 枯れているのに、奪うのだ。

(奪う前に、手折ろう)

 隣で寝ると抱き締められて動けないことが多いのに、今日に限って背を向けて寝ているもんだから、笑ってしまう。

 

 ベッドから立ち上がる。傍にあった熱を失い、すうと寒気を感じる。着の身着のまま寝てしまった自分に呆れ、服の皺を軽く叩いて直す。

 ひらりと何かが舞い、横たわるユーリの頬に落ちて行く。

 花弁だ。

 昼間に服の隙間に紛れ込んだのだろう、桃の花弁ひとつ。

「ふっ……そうね」

 それを払うことをせず、レイヴンは切なく笑う。

 桃の花。あなたの虜。心を青年に捕らわれた、俺を現す花言葉。

 視線を扉へと移す。足を忍ばせ、静かにそちらへ向かい、そっと扉を開け外へ出た。

 音を立てぬよう、慎重に扉を元の位置へと戻す。途端、部屋を満たし全身を覆っていたユーリの香りと熱の両方を失い、すぐ側に居るはずなのに、この世にたった一人になったような喪失感がした。

 足が止まる。扉を開けて、名前を呼んだら。今ならまだ。

「馬鹿野郎が……」

 力を込めて踏み出す。歩を進める事に気を取られ過ぎて、涙が噴き出した事に遅れて気が付いた。

 ぐしゃぐしゃの顔をそのままに、一歩また一歩と踏み出していく。

 階段の段差に足を掛けた。体が一段下がる毎に、世界から切り離されていく気がした。

 二段、三段と進み、続く段に下ろそうとした足が、から足を踏む。ここに来てまだ本能が躊躇うのかと奥歯を噛み締めた。

 再び歩を進めようとして、後ろに体が引かれている事が解り、振り返る。

「?!」

 視界に映りこんだ存在に目を見張る。ユーリの部屋からたかだか数十歩の距離。扉を開く音も背後を歩く音も聞こえなかった筈なのに。

 それ程に、がむしゃらになっていたのか。羽織の背を引く手から、その手の主へと目線を向けた。

「ユー……リ」

「どこ……行くんだよ!」

 絞り出される、掠れた声。まるで先刻の自分を映し出したかのような、顔面蒼白に見える、酷い顔。

「そんな顔して、一人でどこに行くんだって聞いてんだ!」

 何も言えずにいるレイヴンにユーリは再び問い掛けた。そんな顔って、ユーリの方こそ酷い顔して、と浮かんだがとても言える気迫ではなかった。

「っ……と……何処、だろう、ね」

 問いに対して、何かを返そうとレイヴンの口を出た言葉は、的を射ない。

「……いなかった」

「え」

「目が覚めたら、あんたがいなかった」

 俯き吐き出すように声を発するユーリに、レイヴンは心の中で、そうね、俺は逃げ出したから。と返した。

「まだベッドが温かかったから、慌てて出てきたんだよ……」

「え、と……」

「もう一度聞く。こんな時間に、一人でどこに行くつもりだった」

 畳み掛けるように紡がれるユーリの言葉に気圧される。諦めて白状しようにも、そもそも何処、なんて行く宛てはないのだ。あるのはただ漠然と、目の前の男から逃げ出した事実だけ。

「枯れた花は……手折らないと」

「……は? 花?」

 突然、花の話をされ、目の前の男が眉を顰める。

 ユーリが求めている答えではないが、レイヴンにとっては、これが最もしっくりとくる回答だった。

 何処に行くのでもない。手折り、棄てる。隣で咲く綺麗な花のために、場所を譲らなければいけなかった。

 そうしないといけないと……そうするべきだと思った。

「ユーリの傍に、いるべきは俺じゃない。俺は、お前の未来を……お前を、奪ってしまう……だからっ」

 顔を見ないように、背中越しに呟く。離したら再び逃げ出すと思われていたのか、握られたままだった羽織から、ふいに手が離れた。

 そう思った瞬間、肩を捕まれ体が捻れる。

 骨まで届きそうな程に強い力に痛みを感じるのと、驚きに声を発しようとするのとほぼ同時に。胸ぐらを掴まれて、壁に叩きつけられた。

「っぐ?!」

 鈍い衝撃音がして、言葉にならなかった声と一緒に、肺から空気が漏れる。

 踏み込んだ勢いで数段たたらを踏むユーリに押され、踏み外しそうになりながら足が下段へと落ち、反射的に壁に手のひらを付き支えた。

 薄闇に足音が響く。打ち付けられた背中が、遅れて痛んだ。

「……なら奪ってみろよ」

 目が合ったら、揺らいでしまいそうで逸らしていたというのに。鼻頭が触れそうな程に顔が近付けられて、吸い寄せられるように漆黒の瞳に視線が向かう。

 月明かりに照らされた眼光が、魔導器製の心臓を射抜く。

 もう、逸らせない。

「好きなだけ奪ってみろよ、俺を」

 至近距離で吐き出される、空気を揺らす声。

「俺は好きなだけ奪うぞ。あんたをな」

 俺を映す瞳が、一切揺らぐ事無く俺を捉え続けながら。ユーリが放つ言葉は、蓋をした感情のもっと奥底に眠る、我儘な本質を引き摺り出そうとする。

「……っんで、俺を、そうやって……」

「わっかんねぇか、俺があんたを愛してるからだよ」

「っっ」

 

 ずっと傍にいていいと認めて欲しい、浅ましい承認欲求。

 ずっと隠していたかった、後ろめたい感情。

 それをいとも簡単に引き摺り出すのだ。この、ユーリという男は。

 

「愛してるなんて……簡単に、言わないでよ……」

(それは、俺以外の誰かに捧げるべき大切な言葉だろう)

「簡単に、言ってるように見えんのかよ……」

 微かな震えを帯びた声。胸ぐらを掴む手が、小刻みに揺れていた。

 視界が涙でぼやけ、ユーリの姿が揺らいでいてすぐにはわからなかったが、レイヴンを射抜いていた瞳が潤み、キラキラと光を屈折させていた。

 溜まった水滴が、目尻から頬を伝い、落ちる。

「ユ……」

 後ろ手に体を支えていた手を、慌ててユーリの頬へと運ぶ。

 恐る恐る触れると、まだ温い水気を感じた。瞬きと共に、再び落ちてくる雫を拭い取り、漸く実感として湧いてきた。

「泣い、てんの……?」

「はっ……誰のせいだと思ってやがる」

「俺、のせい……か」

 皮肉屋の彼らしい言い回しに、何だかほっとしながら答えれば、ユーリがくしゃりと笑った。

「いないと駄目なのは、あんただけじゃないってことだよ」

 押さえ付けるように掴んでいた手が、まるで縋る様に変わる。肩に額を預けられ、ユーリの体温を感じる。

 嗚咽すら漏らさぬよう、静かに泣くユーリからは、また新しい涙が生まれて、雫となりレイヴンを濡らした。

 枯れた花に、水を遣るように。

「……俺で、いいの……?」

 涙で濡れた手を、ユーリの背に回そうとして、躊躇う。嬉しいのに、これでもまだ素直に受け止められない自分に嫌気が差す。

「違うだろ、レイヴン」

 優しい声が鼓膜を揺らす。

「あんたが、いいんだよ」

 ユーリの言葉ひとつで瞬時に決壊した涙腺が、とめどなく涙を溢れさせ、顔を歪ませた。

 空を彷徨っていた手が、ユーリの背にしがみつく。

「ユーリ……ユー、リ……」

「ったく……世話が焼けるおっさんだよ……」

 声音と同様に優しい手に、包み込むように抱き締められた。

「やっぱり、青年からは離れられないね、俺……」

 ユーリの香りと熱を我が身に感じながら、呟くレイヴンの視界を、花弁が横切る。

 何処からともなく舞ってきた、ひとひらの花弁。桃の花弁。

 あなたの、虜。

 

 自分に花の喩えを用いるのはやはりおこがましいが、枯れた花だっていいのだ。

 この男が、それを選んでくれるのならば。

 

「選んでくれて、ありがとう……」

 

 

 

 暁が広がる。顔を覗かせた陽が、ほんのりと空を染め上げていく。

 レイヴンという名の枯れた花は、今日もまた変わらずに、ユーリの隣に咲き続ける。

 

 

 

 

 

2022.3.4

「はじまりを告げる」収録作