暗中模索

 視界を奪われて。体も奪われて。

 そして心も……。




  暗中模索




 抱かれるのはこれで何度目か。

 相手は自分と一回り以上違う若人だから、盛んなお年頃なわけで。同じ男と言っても、自分の年を感じてしまう。

 昨夜も青年が満足するまで抱かれたばかりだというのに……。


「おっさん。勃った」

「おっさん勃った、じゃないわよ。夜したばっかじゃない」

 朝を迎えて最初に掛けられた言葉がこれ。『おはようレイヴン』くらい言えないの? などと考えて恥ずかしさに咳払いをした。

「おっさんがそんな格好でいるのが悪い」

「そんな格好って……今起きたばっかりなんだから仕方ないでしょうよー」

 確かに自分の格好は酷い。昨夜抱かれたままの、シーツの上にさらけ出された肌。所有の刻印。乱れた髪。

「……青年がこんなにしたのよ?」

「ああ、そそるな凄く」

 しかし好きで自らこんな格好をしたわけではない。と言ったところで流されて終わってしまうのが常なのだが。

「レイヴン」

「っ……」

 急に真面目に名前を呼ばれ、無意識に体が跳ねてしまう。一瞬の隙に体を覆われて、ユーリの顔が近付いた。

「ふ……」

 唇を重ねられ、舐められるように舌を絡め取られる。互いの唾液がヌメヌメと混じり合って粘着質な音を生む。

「んは……ふ、ぅ、ぁ?!」

 息継ぎの時間も惜しいくらいに繋がり合う口付けの最中に、胸元に電気が走る。

「っん、ちょ、っと……ゆ、リ……!」

 乗り重なって来た体を押し返し、唇を無理矢理剥がす。ユーリの指が、胸の飾りと戯れているのが見えてカッとなる。

「っ、青年がお盛んなのは百も承知だけど、本当にやるつもり?」

「此処でやめられたいか?」

「……っ俺は」

 僅かばかりの口付けで、一糸纏わぬ下肢部で自身が反応してるのがわかる。ユーリに火を灯されてしまった。

「ふーん。おっさんはこうやって中途半端にされる方が好きってことね」

「ちょっとー酷くない? そういう意味じゃないわよ」

 昨夜の疲れもあるが、今興奮しているのは事実。

 が、しかし。

「その、ね。……恥ずかしいでしょ」

「はぁ?」

 それを告げるだけでも穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい。だが今まで散々やっておいて何を今更、と言わんばかりの反応。

「な~んでわかんないかねぇこの乙女心が」

「おっさんが乙女じゃねぇからわかんねえな」

 いつもは鋭いのにこういうことに気付かないのはわざとなのか、青年の嫌な性格故なのか。

「青年、今いつだか知ってて?」

「朝だろ?」

「そうよ朝なのよあ・さ!」

「……だから?」

 ここまで言っているんだ。気付かないふりなんだと確信する。

「お互い見えすぎるのよ! ……俺様恥ずかしい」

「……」

「ちょ、ちょっと何よその顔……」

 素知らぬふりして言うのを待ってるのかと思ったのに。見てるこっちが驚く程に驚きを浮かべている。

「いや、おっさんがマジで乙女に見えた」

 冗談にも関わらず真顔でそんなことを言うから、自分から言い出したくせに無性に照れくさい。

「そう言ってるでしょ~やっとわかった? だから……」

「目瞑れ」

 だからせめて少しでも光を遮って……と言い切る前に。簡潔な一言。

「……はい?」

「いいから」

 目を瞑ったところで恥ずかしいものは恥ずかしい。そう思うのに、ピシャリと言い放たれると逆らえない。

 俺様ってもしかしてマゾっ気でもあるのかね。

「まさかずっと目瞑ってろって言うんじゃないでしょうねぇ……」

 目を閉じ、視界を遮って思う。意図的に目を瞑り続けるのはさすがにつらい。

「それでもいいけど、いいものやるよ」

 いいもの、という代物に期待と不安を覚える。軽く閉じた瞼に触れる何か。カサリと乾く音が耳元を掠める。

「え……っと。青年……?」

 しかしそれはすぐさま不安に傾いた。

「もしかしなくてもぉ……これって」

「正解。さすがおっさん」

 きゅ、と後頭部で布を縛る音を聞く。目隠し布を巻かれた音。それに次いで聞こえるユーリの声は、口調は変わらずとも楽しさが滲んでいる。

「これなら文句ないだろ」

「ないわけないでしょうよ」

「じゃあこれは何だよ?」

 どうだ! と言わんばかりなユーリに突っ込むが、逆に突っ込まれてしまう。

 視界を遮られただけで、俺の自身は……。

「おっさんの変態」

「う、っあ!」

 指でピンと昂ぶりを弾かれ、体が飛ぶように跳ね上がる。見えない視界の先でユーリの笑い声がして、それすらも刺激になった。

「これだけでもイけそうだな」

 くくっと心底楽しそうなのに、その表情は窺えない。悔しくて閉じた瞼を上げたが、睫が布を擦るだけで視界は広がらない。

 開けても閉じても変わらない視界に、自分が今目を開いているのかどうかわからなくなる。

「や、せいねん……」

 限りない不安にどこから出したのか、か細い声が漏れる。同時に息を飲む音が聞こえた。

「ははっ、俺もこれだけでイけそうだ……」

「ひゃぁうっ?!」

 自身にぬめる熱が滑る。

「ぁああっ、ひゃ、ひぁ」

 ぬめりを下から上に感じ、それに沿って下半身から全身に疼きが渡る。ちゅっと吸われる音がしたかと思えば、すぐに自身は熱の膜の中に囚われる。

「んひ、ゆ、ぁぁんっ」

 行為を止めたいのか押し付けたいのか。ユーリの頭があるだろう場所に手を伸ばし、触れた髪をぎゅっと掴んだ。

 見えないがために、より艶めかしく感じるそれに早過ぎる絶頂を迎え、ユーリの口内へと精を吐した。

「っっっんん!」

 こくんとそれを飲み下す音にすらゾクリと背筋が震える。視界が塞がった分、聴覚が冴えている。

「見えない方が感じんだろ」

 笑い混じりに向けられる声に、羞恥で熱が高まるのがわかった。確かに、その通りだとは思うのだが。

「悪ぃけど、もう堪えられる余裕、ねぇ」

「っ、……!」

 ユーリを求めている現れなのだろうか。詰まる声がやけに頭蓋に響いて、早く欲しい、と思ってしまう。

 再び覆い被さってきたユーリから感じる自分の精のニオイが鼻にかかり、眉を寄せる。

 唇を重ねられ、自らの精の味であろう苦味を共有させられる。舌先が絡み合う感覚が。歯列をなぞられる感覚が。同じ口付けでも違う。

「んふぅ、ぅぅん?!」

 翻弄される口付けの途中、後孔にいきなり入り込む指に大きく腰が上がってしまう。

「んぁぁ、っ青、年っ!」

「……言ったろ。余裕ねぇって」

 ズブズブと数回抜き差しを繰り返した頃にはもう次の指が入り込んでいて。いつもはされるがままに感じていたが、今は自分の感じる場所を擦られる一連の流れを理解出来て。

 こうやって快楽を得ているんだと体に教え込まれるような行為に、早くも次の吐精を迎えそうになる。

「だ、め……っ、ユー、リ」

「っなぁんだよ……あんたの方が全然余裕ねぇのな」

 指が抜き去られる。広げられた穴が空気を取り込み、物足りなさにひくつく。それを埋めてほしくて、真っ暗闇な視界のなか、求めるようにユーリに手を伸ばす。

 触れる。熱を感じる。指先に、手のひらに。

 ギュッと掴んだその箇所がイマイチどこだかわからなくて探るように手を動かすと、笑われた。

「いくぞ」

 途端スースーと冷えた穴に、熱の塊が触れる。触れると同時に、溶け込んでくるような……。

「んああぁぁあっ!!!!」

「っく……」

「ひゃ、ぁぁっ……!」

 熱に、脈打つ鼓動に。衝動的に涙が零れる。

 たまらなくて、手を動かして。長い髪の内側、肌の感触に首もとに手を回せたことに気付く。だから、強く引き寄せて。

「おっさん、苦しいって……」

 吐息混じりに、でも拒否ではなくて。

「おっさん、だっ、て……っくるしい……っん」

「しゃあねぇ、な……。ちゃんと、しがみついてろよ」

 ずぶずぶと奥まで貫かれ。

「んひ、ぃ、ぁぁぁぁ」

 押し込むように突き上げられる。内壁を摩擦されると声が抑えられない。

「せいね、っぁ!ゆ、り、ユーリ……っ」

 暗闇で研ぎ澄まされた感覚が、きゅうきゅうとユーリ自身を締め付けていることを伝えてくる。

「もうちょい……我慢、なっ」

「ぅああっ、ぁっ、ぁっ、ぁっ」

 がむしゃらのようで的確なその動きは完全に俺の体を翻弄して。何かを喋るという行為すら忘れてしまう。

 視界が遮られていることなんて、もうどうでもいい。

「も、いっちゃ……」

 真っ暗な視界の中、世界が真っ白になったような不思議な感覚に捕らわれて。

「っっっ!!」

 体を震わせ、熱を吐き出した。

「っは」

 数秒遅れてユーリの切れた呼吸が聞こえ、そのまま中に吐き出されたことに気付く。

「う、っ、ひっ」

 どぷどぷと注ぎ込まれた熱が、達したばかりの体を更に震わせる。

「っは、っはぁ、ァ」

 しがみつかせた手から力が抜け、だらりと横に落ちる。

「……おっさん」

 早くも呼吸を整えた青年の低い声が聞こえる。抱きかかえられるのかと思いきや、後頭部に回された手はするりと抜けて。

 回転しない頭でぼうっと考えていると急に視界が明るみに染まる。

 ああ、目隠しを外してくれたのか。と過ぎたことを思うと同時に。

「ま、ぶしーっ!」

「お疲れさん」

 いきなり開けた視界がぼやけた青年の顔を映す。眉を寄せながらじっと見つめると、満足そうに笑っているのがわかった。途端に恥ずかしくなり目をそらす。

「全く青年の有り余る性欲には、困ったもんだわ……」

「おかげで気持ちよくなれただろ?」

「やぁねーどこから来るのよその自信」

「よがってたくせに」

 からかうような言葉を吐きながらも、手は優しく髪を撫でてくれるもんだから。

 目隠しなんてされた後でも愛されてるのねなんて思ってしまう。

「あーおっさんやっぱ年かねぇ。疲れて、眠くなってきたわ……」

 目覚めたばかりだし、朝日が眩しいというのに。

 疲れに撫でられる頭が心地よいのも手伝って、うとうとしてくる。

「もう一眠りしてろよ。昼飯時に起こしてやる」

 眠るまで撫でていてやるよ、と言うような。手の動きと同じくらい優しい声音に。

「……そんじゃ、お言葉に甘えて……」

 もっと話していたいのに、なんて思いながらも。

 眠気に逆らえず、俺は吸い込まれるように眠りについた────。






2008.10.6