スイーツ男子は待てが出来ない。

 扉を開けると、甘い香りが鼻をついた。

 玄関に並ぶ靴を見て、ユーリは既に、此処に帰り着いている人がいる事を知る。

 外と内の境である扉まで充満している、鼻を擽る香りで。ユーリは乱雑に靴を脱ぎながら、そいつが何処で何をしているかが、手に取るようにわかった。

 荷物を放り投げ、汚れた上着も同様に洗面所の籠へと放り投げ、ついでにサッと手を流す。

 一秒でも惜しいかのように、香りの発信源────レイヴンが居るであろう台所へと足を運ぶと、やはりそこに男は立っていた。後ろから声を掛ければ、振り向きざまに返事をしながら口を綻ばせる。

「ただいま」

「おかえり〜はやかったね」

「あんたもな」

 外はまだ明るく、丁度小腹が空いた頃合。

 レイヴンは高く結った髪を揺らしながら、嬉しそうに、抱えたボウルの中身をカチャカチャと混ぜている。そこから玄関とは比べ物にならない程の、腹に直接届かんばかりに甘い香りが発されていて、ユーリは口内の唾液腺が刺激されていくのを感じた。

「今日は書類をササッと片すだけだったからね〜」

 慣れた動作で手際良く泡立て器を動かす。「時間あるから、久しぶりにユーリの好きなもん作ったげようと思ってさ」と続く言葉から、声の主の機嫌の良さが窺えた。

 レイヴンはいつもの緩い服の上に、羽織の代わりに、男物の簡素なエプロンを纏っている。「クレープか?」と聞きながら、ユーリはその背中を抱き締めた。

 服の上からでは解りづらいが、がっちりとした腰に手を回し、エプロンで覆われた腹を撫でる。「正解」と言いながら、レイヴンが笑う。

 ユーリはレイヴンの肩に顎を置くようにして、ボウルの中身を覗き込んだ。白くてふわふわして、噎せ返るような甘い香りを放つ生クリームが、ボウルの中で柔らかいツノを立てている。レイヴンは味見の為にと少量を指の腹に付け、ちろりと舌を出してそれを舐めとった。

「あま……」

 視界に映る、赤い舌と純白の生クリームが重なるコントラストに、ユーリの鼓動が踊る。

 甘い物が苦手なレイヴンとは反対に、ユーリは超が付くほどの甘党だ。ユーリの味覚に合わせて作られたそれは、舌に乗せるだけでもレイヴンを酔わせそうな程の糖度で。

「どれどれ、俺にも味見させてくれよ」

 ユーリは後ろからボウルの中身に手を伸ばし、二本の指で掬い取り、口へと運ぶ。舌先で溶けて消えていくクリームは、姿を消す代わりに、口内に絶妙な甘みと、鼻から抜けるバニラの香りを残していく。

 耳元で指を舐める水音を響かせれば、レイヴンの肩が僅かに震えるのが見えた。

「やっぱりうまいな」

 指に付いたクリームを全て舐めとっても足りず、舌が唇をペロリとなぞる。

「できるまでつまみ食いしていいか」

「もう、甘いもんになると目がないんだから」

 くすくすと笑い、「まったく困った青年だねぇ」と言うと、レイヴンは抱えていたボウルを置く。これ以上は使うからダメという意思表示か、そっと奥へと押しやられた。

「いいけど、まだ何も無いわよ」

 レイヴンは代わりに常備している菓子材の瓶を引き寄せると、チョコが入った瓶を選び蓋を開け、そのうちひとつを摘んでユーリの顔へと近付けた。んあ、と開けたユーリの口の中へと、それは放り込まれる。

 舌で転がせばとろりと溶けていくチョコは、まだ残るバニラの香りをカカオの香りへと書き換えていく。

 ユーリは液状化したチョコをごくりと飲み込むと、呼気に甘い香りを纏わせて、レイヴンの耳へと喋りかけた。

「ここにとびきり美味いもんがあんだろ」

 唇で柔い耳朶を食む。ふにふにと挟み下から舐め上げると、今しがた口に含んだチョコのように、あっという間にレイヴンも蕩けていく。

「ひゃ……ぁぁ」

 輪郭に沿わせて舌で弄び、口内に迎え入れては軽く歯を立てた。ぴちゃぴちゃとわざと音がするように唾液で濡らせば、レイヴンはふるふると小刻みに震えながら、脱力した体を支えるように天板の縁に手を付いた。

「ゃ……はぁ……ゆ、りぃ……」

 生クリームよりも甘い声を響かせて、レイヴンがユーリの名を呼ぶ。

「あっま」

 思わず感嘆の声を漏らし、舌なめずりをひとつ。

「俺の耳なんて舐めても、うまくないでしょうよ……」

 否定するレイヴンの、イチゴのように赤く染まる耳が美味そうで。ユーリは離した唇をもう一度そこへ近付ける。

「んなことねぇよ絶品だぜ」

 口付けて「自分で食えねえのが残念だな」と笑えば、再び甘い声が鼓膜を揺らした。

 心臓に手を重ねれば、ドッドッと、血液が押し出される振動が服越しに伝う。送られた血液で体温が上がり、紅潮した顔のレイヴンが振り向く。

「おっさん、青年の味覚が心配よ……」

 耳に負けず劣らず、柔らかく美味そうな唇が誘惑している気がして、ユーリはかぶりつくようにレイヴンに口付けた。

 胸に触れていた手で顎を固定して、柔い下唇を甘噛みし、開いた口から覗く戸惑う舌を絡め取る。

「っふ、ぅ……んむ」

 レイヴンは一瞬驚いたものの、すぐに目を閉じ、夢中になって口付けに応じる。

 意識が唇へと集中し、無防備な下半身。ユーリはチラリと目配せをした後、空いた方の手をレイヴンの下肢の間へと伸ばした。

「ふぅっ……んぅっ?!」

 まだ硬さを伴わない中心部を服と共に摩る。緩いズボンの内側に隠れているレイヴンの形を確かめるように、指で輪郭を捉え、少しずつ暴いていく。

 布の擦れる音に合わせて形を変えていくそれが完全に上を向いた頃には、口付けの端から飲み込めなかった唾液と、艶を帯びた声が漏れ出した。

「ぅぁ……っはぁ、はっ」

 唇を解放すれば、乱れた息で肺へと酸素を送る。呼吸が整うのを待たずに、ユーリは存在を主張するレイヴンのズボンに手を掛け、下着ごと纏めてずらした。

「まっ、ユーリ……っ?!」

 太腿まで下ろせば、熱を持ったレイヴンと、引き締まった尻が露わになる。丸出しになった尻をひと撫ですれば、天板で体を支えるレイヴンが驚いて身を捩った。

「悪いけど待ては出来ねえな」

 ユーリはニヤリと笑うとレイヴンの腰を引き、尻を突き出す格好にさせ、手近なところにあったオリーブオイルの瓶を取る。軽快な音をたてて蓋を開け傾ければ、手のひらに黄緑色に透き通るオイルが満たされる。

「嘘、でしょ……」

 尻を曝け出され、腰を引かれ前屈みにされ。

 これから何をされるのかが言わずともわかり、レイヴンの表情が強ばる。反面、エプロンのお陰で隠されているレイヴン自身は、僅かな期待にふるりと反応を示した。

 対してユーリは口角を弛ませて返事をする。

「つまみ食いしていいって言ったろ?」

「いやいやいや! 曲解しすぎだって」

「諦めて食われてくれよ」

 ユーリの体温で温まり、仄かに酸味を帯びたオリーブの香りが鼻を擽る。それを尻の割れ目へと垂らせば、びくりと尻がひと跳ねした。

「諦めろって……ひっ! ……ぅ」

 とろりと割れ目を伝い、オイルが蕾をなぞる。馴染ませるようにキュッと窄まった蕾に触れ、くるりと円を描けば、そこは物欲しそうにひくひくと震えた。

「ぁ、……っん」

 オイルに濡れた指を、蕾へと差し込んでいく。ぬぬっとレイヴンの中へと飲み込まれていき、中指が埋もれた。

「ぁっ……」

 か細い喘ぎと同時にぞわりと鳥肌が立った。前立腺を掠めるだけで指を引き、拡げるように薬指を添えて、再度レイヴンの中へと潜らせる。今度は膨らんだそこを指先でつついてやれば、堪らずレイヴンの口から嬌声が響く。

「ひぁ、ぁっ、ぁっ」

 ジュポジュポと内壁にオイルを塗り込むように出し入れを繰り返す。指を三本に増やしたが、気付いているのかいないのか。イイところへの刺激でレイヴンの腰が揺れている。

「ぉっ、あっ、ゆ、りぃ」

「下ごしらえはこれでよし、と」

 とろとろに蕩けた顔に、柔らかく解れた後孔。食べ頃に熟れたレイヴンの姿にゴクリと唾を飲む。

 ユーリは己のズボンを寛げ、こちらも準備万端だとばかりに勃ち上がる自身を取り出した。

「それじゃあいただくとしますかね」 

 手のひらに残ったオイルを自身へと塗り込み、レイヴンの蕾へと宛てがう。両の手で尻を鷲掴み、孔を拡げるように左右に引く。ぐっと腰を押せば、剛直は簡単に中へと飲み込まれていく。

「あー……でもこれ、食われてるのは俺か?」

「ばっ……か、ぁあぁっ」

 オイルの滑りに任せて奥までひと突き。パンッと腰を打つ音が台所に響き渡る。

 指とは比にならない質量の侵入に、レイヴンの喘ぎが自然と大きくなる。

「ぁっ! ぅぅっ、ぅっ、ひぁあ」

 解れたとはいえ狭い孔内も、オイルが手伝って抵抗なく動かせる。

 ぬるぬると滑る腸壁を行ったり来たり。ユーリの剛直が、手前と奥とを何度も何度も往復する。その度擦れる前立腺への刺激にレイヴンはビクビクと体を跳ねさせ、きゅうと蕾が収縮する。

「は……レイヴン」

 片手を前へと回し、頭をもたげ、エプロンを持ち上げているレイヴンの雄に直接触れる。鈴口からは先走りが垂れ、ぬちゅ、と水音が鳴る。

「ひぁっ、そっち、や、だ」

 先走りを広げながら、腰の動きに合わせて全体を扱くと、レイヴンは快感から逃げるようにぶるぶると体を震わせた。

「そっち、触られ、たら、す、ぐぅっ……いっちゃ……う」

「なんだよ、イきたくないのかよ?」

 天板を掴む指の力が増し、声の合間にふーふーと堪えるような息遣いが聞こえる。

「あっ、やっ、ユ、リ……、離、してっ」

 出せばいいのに、何でだか必死に耐えているレイヴンに、思い当たる言葉を吐く。

「……ゆっくりセックスしてたいってか?」

「っっ! ぁ……〜〜ぅぅ……」

 どうやらユーリの勘は図星だったようで、蒸気が出そうな程にレイヴンの耳は真っ赤に沸騰した。

「……ははっ。それはまた夜に、な」

 今はつまみ食いするだけだから、と付け加え、リズミカルに抽挿を繰り返して、ユーリは快感を追う。

「あっ、あっ、だっ、め……も、ぃ、きそっ」

「あぁ、イっていいぞ……!」

 前と後ろ両方を攻められ、あっという間にレイヴンに限界が近づく。ユーリは激しく突き上げて、レイヴンを絶頂へと導いた。

「ああぁっ、ぅあっ、あ、~っあぁぁっ」

 ビクリと、腰が大きく波打つ。ぎゅっと蕾が絞まり、蠕動する内壁にユーリも堪らず声が上がる。

「っぁ……はぁっ」

 握る手のひらに震えが伝わり、びゅるりと吐き出されたレイヴンの精液がエプロンの内側を汚す。余韻に浸る時間を与える事無く、ユーリは同じ速度で腰を動かす。

「ァぁっ、ひっ、あっ、まっ、~~っっ」

 達したばかりで敏感な体をガツガツと突かれ、レイヴンは声にならない喘ぎを放つ。

「も、少し……」

 蠢くような肉壺の感触と、後ろ姿から覗く天板に必死に縋る手と、真っ赤に染まる耳。そして生クリームの甘さと混ざる、レイヴンの放つ香りに。ユーリも次第に追い詰められていく。

 ラストスパートに、奥を強く突き上げれば、いよいよユーリにも限界が訪れる。

「っあっ、ぁはっっ、〜ぁぁあっ! ゆー、りぃ」

「っっ……!!」

 ズルリと抜けば、下腹部に集まった熱が、ユーリの剛直の先から勢い良く放たれる。脈動に合わせて数度飛び出す液体は、レイヴンの背中を覆う衣服や、浅黒い肌を白く汚していく。

 レイヴンも再び達したのか、ユーリを失った蕾をはくはくと開閉させながら、半勃ちの自身から、ぽたぽたと液体を漏らしていた。

「ん……っ、は、ぁ……っは……」

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をしながら、ひくつくレイヴンを眺める。自身の放った白濁液でデコレーションされたレイヴンという甘いスイーツが、治まりかけた熱を再度昂らせそうになる。

(つまみ食いだって言いながら、止まれなくなりそうだな……)

「あーー……ごちそーさまデシタ。俺、ちょっとトイレ行ってくるわ……」

 バツが悪そうに頭を掻いて、ユーリはレイヴンから視線を逸らした。天板を支えに息をしていたレイヴンが、ユーリを振り返り、その目に映ったモノを見て、顔を赤く染めながら溜息を吐いた。

「〜〜っ……はぁ……もう……」

 レイヴンは上体を起こし、汚したエプロンの紐を解き、するりと抜き取る。

「おまえさんのお楽しみのデザートと、サクッとご飯作っちゃうから……」

 ティッシュ箱を手繰り寄せ、数枚引くと、それで尻についたユーリが放った泥濘を拭う。

 そのあられもない姿に、ゴクリと無意識に喉が鳴り、すっかりユーリは元気を取り戻した。

「夜んなったら……でしょ? それまでお預けよ」

 レイヴンは白濁を拭い去った尻を隠すように衣服を纏う。うわ……と思わず呟き、こっちはダメだわ……と言いながら上着のボタンを外しながら、脱いでいく。

 レイヴンの肩を滑る上着と、眼前に露わにされる首から背中のラインに、ユーリの昂りはとどまることを知らない。

「……っ! あ〜、くそ! トイレ……いや風呂行ってくる! ……デザートも飯も楽しみだ。けど飯の後覚悟しとけよ! あと洗い物は俺がするから!」

 ユーリは何とも締まらないセリフを吐き捨て、台所を忙しなく後にする。


 残されたレイヴンは、やれやれ、と笑いながら、その後ろ姿を見送る。

 今日はいつ眠れるだろうか……と、愛しの青年の底なしの体力に、一抹の不安を覚えながら……。






2022.4.11

リクエスト「着衣、立ちバック」