だって、やきもち。

 三十五歳にもなって、とか。

 余裕ある素振りしてんじゃん、とか。

 だけど、おっさんだって……




  だって、やきもち。




「へぇ~」

 感嘆の声が上がる。声のする方を見れば、上から下まで黒で統一した青年が映る。

「そんなに見つめて……俺様ユーリくんの熱い視線にあてられそ~」

「なーに言ってんだよ」

 あんまりにもマジに見てるから居心地が悪くて、わざとらしいことを言ってみるがサラリとかわされる。

「青年がじろじろ見てくるんだもの」

 全然視線を反らさずに自分を見てくる青年にやっぱり居心地が悪くて頭を掻く。

「ちゃんとした格好すりゃ、様になんのなって思ってさ」

「それ褒めてるの? 貶してるの?」

「さぁな」

 居心地が悪いのは、目の前の青年のせいだけではない。

 今、自分が身に纏うもの。過去に、シュヴァーンが着用していた衣服。もう、着ることなんてないって思っていたのに。

 ルブランに渡された衣服を荷物の中から見つけ出して、面白がって着てくれなんて言うから。

 もちろん断ったけど……一回だけ、な? なーんて手を併せてお願いしてくる青年を無碍に出来ずに、今こうしているわけで。

 青年の表情が心なしか嬉しそうに見えるから、嫌々ながら着た甲斐があった。……って思うところなんだろうけど、逆に着なきゃ良かったって気持ちが増してくるのは何故だろう。

 そんな少し不満そうな俺の気を知ってか知らずか、青年はやはり嬉しそうに見えて。

「髪、下ろしてんのいいな」

「そ、そう……?」

 急に眼前へと伸びてきた手にびくりと体が揺れた。

 前髪を柔らかく掴まれ、指に挟まれた髪束が少しずつ指の上を流れて、さらりと元の場所へと帰ってくる。

 最後の髪が揺れて、肌に触れる頃同時に。

 唇が、塞がれた。

「ん……!」

 表面上は落ち着いて、しかし執拗に舌を絡めてくるそれは、静かで熱い、青年の内面を窺い知ることができる。

 いつもならあっさりと離れる口付けが、今日はなかなか終わらない。

 息苦しくて胸を数回叩くことで漸く解放された口が、肺に酸素を吸い込んだ。

「……今日は随分としつこいのね」

「おっさんがいつもと違うから……興奮すんだよ」

「え? ちょ、ちょっと……!!」

 やっと呼吸を整えて落ち着いた、と思った途端に。

 視界がグラッと音を立てて急速に変わっていき、天井に辿り着き止まる。

 同時に部屋中を振動させる勢いで、バタンッと衝撃音。一瞬遅れて痛みが背中を走る。

「ッ……!」

 骨を伝って全身に響く痛み。少し、息が詰まった。

「っいきなり何!? 危ないでしょ……っ」

 思う限りの文句を吐き出そうとしたが再び唇を塞がれ、飲み込まれる言葉。

「ふ……んっ」

 押し倒されて、体の上に重なるように乗り掛られる。爪先の位置が合わない、青年の足の長さが少し悔しい。

「せい、ね……んんぅ」

 離そうとしても、さっきみたいに叩いても。今度は離れようとせずに味わうかのように何度もゆっくりと舌を吸う。ズズズっと空気と共に吸われることで舌に微かな振動が生まれ、快感を引き出される。

「ん、ん……んんっ」

 舌先まで余すことなくチュッと吸われて腰がムズムズした。

 そこまでしてやっと唇が離れていく。どちらともつかない唾液がつう、と糸を引き、切れる。

 酸欠気味の微かにぼやける視界で青年の顔を覗けば、青年の視線は俺の体に這わせられ、服をなぞるように胸元を軽くさすられた。

「この服脱がせづらそうだな」

 少し楽しそうに。

 まるで脱がせていく過程を想像しているんじゃないかって感じの、青年の視線と指使い。

「やぁね、青年変態っぽいわよ?」

 呆れた声で指摘するが気にするわけもなく、まじまじと服を眺めて。

「でもこっちの方が燃えるな」

 そう言ってニヤリと跳ね上がる口元が、自分を通り越して……シュヴァーンを見ているようで。さっきまでのしつこい口付けも相まって、少しムカッと来た。

「腰、まだ痛むか?」

 体をなぞられることでピクリと動いた腰を指し、心配と同時にからかうように言われる。

「……当たり前、でしょ」

 何だかんだ、キスだけでその気になってしまった自分を恥じて目を伏せ返せば、耳元で柔らかい言葉を紡がれる。

「じゃあ、その分優しくしてやる」

 その言葉に火が点いたみたいに、顔が熱くなっていくのが自分でもわかった。

「うつ伏せになれよ」

 青年が顔を上げ、続けて重なっていた体を離すと俺の体を動かそうと手を伸ばす。

 労って欲しいものだわ、なんて思いながらあまり腰に負担をかけないように体の向きを百八十度変える。

 途端腰を持ち上げられ、そのまま尻を突き出すような体勢になってしまう。

「いたたたた……や、優しくしてよ~」

「待ってろって」

 青年の有無を言わさない力強い声が聞こえたと思ったら、早業でベルトを外され下着共々ズボンをずらされる。

 あっという間に尻から大腿筋までが外気に晒され、その温度差に一瞬寒気を感じた。

 鳥肌気味の、ざらつく露わになった尻を撫でるように触れられる。太腿の半ばに行き着くとそこから上に逆撫でられ、もどかしさに体を揺らしてしまう。

「くすぐったいか?」

 焦らすように尻を撫で回し、恥ずかしさで上昇した体温を手に感じてか、僅かに笑みを浮かべる。

 その頃には自身が頭をもたげ始めて。

「っ、ひゃ……」

 散々触られ気分が高揚してきた頃、ぬめり気を帯びた何かが尻の孔に触れた。

「ん、え、っ?!」

 ぬちっと、水気が乾いた孔を浸し、体が震え立つ。あろうことか青年ってば尻に舌を這わせて。

「や、ちょっと、青年!」

 入り口を円を描くように這われる。

「ひゃ、ね、ちょっと、汚い、でしょっ!」

 続けて這わされた舌はぐにぐにと穴に侵入してきて。

 ゾクゾクして、けどそれよりも青年にそこを舐められているんだと思うと、恥ずかしさとそれに勝る快感が押し寄せた。

 自身は腹に付かんばかりに持ち上がり、硬度も増していた。

「っふ、ん、ぅ、あっ」

 拡げるように壁面を舐められる。しつこいくらいに、ひたすらに。

 時間の経過に比例して、段々と慣れてきたそこは物足りなさを強く感じるようになってしまって。

「……濡れてるな」

 青年の男の割に綺麗な手に先端を包み込まれ、剥かれるように擦られれば控え目に水音が鳴る。

 後孔付近で発された声の僅かな振動も拾って感じてしまう自分がいやらしい。

「ユーリ、くん……っ」

「ん?」

 我慢が出来ない。欲しいと、体が、頭が。感じてしまって止まらない。

「これじゃ足りないか?」

 青年がすぐにその気配を察して問い掛けてくる。恥ずかしいけど質問に頷いて返すと先端を弄っていた手を離し、後ろへと下げた。

 ついその動作からもうすぐ満たされるんだ、なんて期待をしてしまう。

 しかし、訪れた快感は想像より浅く、でも先程より深く。

「んっ、なんで、っ?!」

 穴の内壁を擦りながら奥へと進入してくるのは青年の指の感触。関節部分が通ると少しだけ穴が広がって指の形を主張してくる。

 くいくいと中を抉られ、堪らなく腰が揺れる。

「ぅっ、あっ、ね、せいね、っぁう」

 自分が望んでいたものは違うのに、引っ掻き回されて快感を引き出されてしまう。物足りない筈なのに、先端からはぽたぽたと先汁が垂れ落ちて止まらない。

「ふ、ぅあ、っく、イ、く……!」

 前立腺を擦られたらあっという間に絶頂が訪れ、堪える暇もなく自身を震わせ白濁を吐き出して。ふるふると上下する度に水音を零し床を汚した。

「ぁう、っユーリくんの……意地悪」

 一頻り吐精を終え呼吸を整える。

 目は生理的に潤んでいるのに、口呼吸で口内が渇いて気持ちが悪い。この時にはもう、浅く痺れるような腰の痛みなど忘れていて。

「なぁ」

 呼吸の音しか聞こえなかったせいか、青年の声がやけに大きく聞こえた。

「まだ、足りないだろ?」

「ひんぁっ」

 唾液で口内を潤す為に閉じていたせいで、半強制的に開いた口からは外れたトーンの声が上がる。

 問いと共に入り口をなぞられビクリと体が跳ねて、イったばかりの自身が熱を蓄え始める。

 先端をくちゅくちゅと、放った白濁の残りに指を絡ませ濡らして。その行為にも新しい水気が湧き出してくるもんだから、恥ずかしい。

「ゃ、もう、焦らしすぎ……!」

 顔にも熱が蓄積し、耳からは煙が出そうなくらい熱い。

「可愛いから焦らしたくなんだよ」

 笑いながら返されるが、少し荒い、吐息混じりの声。青年も余裕ないくせに、裏腹に再び指が侵入してくる。

 自身の液でぬめり気を帯びた指は、さっきの行為で緩くなったのと合わさってすんなりと入り込んで来て。

「ぁう、あっ、っ……ん、ひ」

 三本同時に潜った指がバラバラに動いて内壁を引っ掻く。蠢く指に前立腺を捕らえられるとたまらず矯声が上がる。

「青、年も……余裕っ、ないんでしょ」

 チラリと後ろを振り返り窺えば、青年の顔も僅かだが赤く熱を帯びていて。

 喘ぎに邪魔されながらも訴えたのに指は止まらず、空いた手はねっとりと肌をさするだけで。


 ……おかしい。いつもはこんなじゃない。

 今日は気持ちが悪いくらいに……優しすぎる。

「ね……っ、今日のせいねん、変よ……っ」

 怒ったわけじゃないけど強く言えば、お決まりの皮肉めいた笑みを浮かべて。

「シュヴァーンが、そそるから、だろ」

「なに、それ……っ!」


 優しすぎるのはシュヴァーンだからなの?

 俺様よりシュヴァーンがいいっていうの?


 青年の楽しそうなその一言が俺の胸の内をぐるぐる掻き乱す。

 青年が自分を介してシュヴァーンを抱いてるように思えて、何かが込み上げてくる。

「な、によ……ユーリくんのっ、バカ」

 真っ先に口を出た言葉はあまりにも稚拙で。

 幾秒かして聞こえた笑い声に馬鹿にされたかと思えば、背中に感じる青年の体温。

「っハハ。……反則だろ、それ」

「んふぁ?! ぁう……ひぁぁァっ!」

 間もなく指の感覚が消え、空っぽに空いたそこに比べものにならないくらいの質量の、熱い塊が突き刺さって。

「ひぁう、ぁあっ、っい、あぁっ」

 突如訪れた膨大な快感のせいか、目尻が涙で溢れ頬に一線を描く。

「あぅ、ぁぐ、ぁぁ、あァ、あっ」

 文句がいっぱいあるのに、なかなか言うことを許されない。喘ぎが止まらない。

「ぁっ、ァっ、は、シュヴァーンが……っひぅ」

「シュヴァーンが……っ、どうしたって?」

 途切れ途切れの言葉に、同じく途切れ途切れに吐息混じりの返事。

 余裕のないやり取りに笑う僅かな余裕すら、ない。

「ユーリ、んぁっ……シュヴァーン、ばっかぁっん、ぁぁあっ」

 肉打つ音が響く程に激しく挿入を繰り返されて、考えることがままならなくなってくる。

 パンっと聞こえる度に一つ、また一つ思考が弾けて消えた。それでも必死に文句を言う自分が、格好悪くて情けなくてまた頬を濡らす。

「っなぁ、……泣くなよっ」

「泣いて、っ、ぁっ、い……わよ」

 頭を振ると乱れた髪が顔全体に散らばって、うざったい。

「俺はちゃんと、レイヴン一筋だから……安心、しろって」

 限界の近そうな熱のこもる声に瞬時に耳が反応を示す。大事な時だけ呼ぶ名前に、青年の皮肉めいた話口調からでも真剣さが受けとれる。

 単純なもので、脳内にその言葉が届いた瞬間にはモヤモヤしてた胸のつっかえが消えた。

「ほんっ、と、に……?」

「あぁ。だから、っ拗ねるなよ」

 嬉しくなって、もっと何か言って欲しくて、疑ってるわけじゃないのに問い掛けてしまう。

 俺の心の内を見透かしたように、笑って、優しい声色で囁かれる。

 安心したにもかかわらず、挿入を繰り返される体は未だ全く余裕がなく。青年の先走りも混じってか、結合部からは絶え間なく卑猥な音が響く。

「ひぁ、あぅ、ぅ、ぁあァっ」

 二度目の絶頂を迎えそうな、破裂しそうな快感に震え出す腰を、支えるように強く掴まれ、ぐっと最奥部まで押し込まれる。

「ひぁぁあ、っぁぁあ、ゆ、ぅう……っっあぁァ」

 ラストスパートとばかりに最奥部をずんずんと突かれ、淫らに喘ぐことしか出来なくなる。

 喉が渇いて声が掠れるが、それでも夢中で喘いだ。

「俺が抱いてんのは、レイヴンだから……っ」

 結合部に伝わる振動を感じた直後、そう一言告げられ、中に精を吐き出される。

 ずっと耐えていたかのような多量な液体が内壁にぶつかる。

「んひぁぁあァァっっ」

 ほぼ同時に自身からもびゅるびゅると白濁液が放たれ、床に散る。

 最後まで出し終えたところで凄まじい脱力感に駆られ、体が崩れ落ちた。

 喘ぎのせいで今まで満ちることのなかった肺が、深呼吸により漸く空気に浸る。

「ひっ、はぁ……っはぁー」

 青年がずるりと自身を引き抜けば、後孔がだらしなく広がって汁が伝う。

「っ……ん」

 恥ずかしくて、隠すように横向きに体勢を変える。脱ぎかけのズボンが汗で貼り付いて動きづらい。

「まさかおっさんに妬かれるとはな」

「なによー、いいじゃない、おっさんだってヤキモチくらい妬くのよ」

 いつもの態度で返事をしながらも顔を見ると赤面しそうでそっぽを向く。

 そりゃあ確かに年齢は若いとは言えないし、見栄えなんて尚更だし、ヤキモチなんて気持ち悪いかも知れないけど……妬いちゃうもんは妬いちゃうのよ!


 だって、そのくらい……。


 だから、言って欲しい。もっと、聞きたい。


「ねぇ、ユーリくん……あの、ね」

「好きだよ」

「へ?! え、ちょ……!」

 その一言が聞きたくて、なのに先に言われて、続きを言おうと力んだ口が空回る。

 嬉しくて、結局赤面した顔を俯いて腕で隠して。

「……俺様も、すきよ」

「知ってるよ」


 三十五歳にもなって、とか。

 余裕ある素振りしてんじゃん、とか。


 それでも俺は、ユーリに対してはヤキモチ、妬いちゃうのよ。





2009.6.6