SSS(スウィート・スロー・セックス)

「青年はもっとおっさんに優しくしてよ〜」


 全ては、レイヴンの何気ないこの一言から始まった────。




   スウィート・スロー・セックス




 ギルドでの仕事に一区切りが付くと、ユーリは下町へと戻る前に宿を取る。予め伝えておいたその一室に、黄昏時、レイヴンが顔を出した。場所は時時だが、二人はこうして落ち合う事が多かった。

 今日もいつも通り室内へと迎え入れ、一息つき他愛もない話をしていたのだが、いい雰囲気になりかけたかと思いきや、なぜかあんなことを言われるに至ったのだ。

「あ?」

 喉から、自分で思ってたよりも低い声が出る。急にトーンの落ちた声に違和感を感じたのか、レイヴンは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの調子に戻った。

 ユーリは黙って言葉の意味を考える。……優しくされたい。つまりそれは、いつも優しくしていないということに他ならない。先日も、痛みを与えた覚えも無ければ欲しがるままに与えてもやった。俺より体力のないおっさんが寝落ちるまで隣にいたし、腹ん中に出したモンだって掻き出した。本気で気乗りしない時は手を出さないし────まぁ、時々は強引に押し倒すこともあるが────それを、まるで優しくないかのように言われるのは納得がいかなかった。

「おっさんには俺の優しさが微塵も伝わって無いってことか」

 悪かったな、と付け加えるユーリは、あからさまに不貞腐れている。

「優しくないとは言わないけど……もっとこう」

「もっと何?」

「っ、だから、その〜……ね」

「何だよ」

 大人気ないとは思いつつも、露骨に態度に出しているせいで、面白くない事は伝わっているらしく。レイヴンはチラチラとユーリの表情を窺っている。言い淀むのはそのせいなのか、はたまた言いづらい事なのか。

(おっさんのことだ。どうせ、しょうもない事で恥ずかしがってんだろうけど)

「た、たまには」ともごもご口篭りながら、両の手の人差し指をつんつんと合わせる。なかなか先に進まないやり取りでも、続く台詞をちゃんと待ってやってるというのに。と、つい自分の良い所探しをしてしまう。そのくらい、さっきの言葉はユーリにとって心外だった。

「はぁ……おっさんね……、ユーリくんに甘やかされて……もっとイチャイチャしたいのよ!」

「……は?」

 大きく息を吸い覚悟を決め。やっとのことでレイヴンから出てきた台詞に、ユーリは目が点になり、開いた口が塞がらなかった。

(甘やかされて、イチャイチャしたいって……)

「してんじゃねえかいつも」

 口付けたり抱き合ったり慣らしたり。そういうのはイチャイチャの中に入らないのかよ、と続ければ、「すぐえっちしちゃうじゃない」と顔を真っ赤にして。

(このおっさんは……一体どれだけ俺が我慢してると思ってやがる)

 つまりこれは、優しくないと言うよりも、俺が性急過ぎると言われているのだ。自分だって、嫌がる素振りを見せないどころか、スイッチが入ればもっとと強請り、散々善がってるくせして。よくもまあ。

 とはいえ、受け入れてる側のレイヴンがそう感じているのだから、やはり少なからずそうなんだろうと思い直す。どうしても眼前にご馳走があると待てが出来ない性分故に、確かにがっつき過ぎている節はある。

(それもこれも、全部おっさんが可愛すぎるせいなんだけどな)

 心の中で言い訳をしながら、ユーリはレイヴンが言うイチャイチャについて思考を巡らせた。そして少しの間を置いて、悪戯を思い付いたかのように口元を歪ませる。

「あー……、わかった。いいぜ、おっさんの望み通りにしてやるよ」


 かくしてレイヴンは、先刻の願望を口にした事を後悔することになるのだ────。




◇◇◇




 ────ベッドに腰掛け、膝上に跨るレイヴンと、指を絡ませ片手を繋ぐ。空いた方の左手で頭を引き寄せ口付けをしながら、解いた髪を梳くように撫でてやる。お世辞にも綺麗とは言い難い硬毛が、指を通す度に解れていく。

「っは、ぁふ」

 息継ぎに離れた唇を間髪入れずに塞げば、苦しそうに眉間に皺が寄る。舌がどちらのものかわからなくなる程に絡め、口内を余すことなく蹂躙すれば、レイヴンの口の端からはだらしなく唾液が溢れ伝う。

「っ、ユー、リ」

 口付けが途切れても口角から顎へと伝う唾液を拭うことすらせず、蕩けた表情で甘ったるい吐息を零しながら名前を呼ばれる。呼気を多く含んで「どうした?」と耳元で囁けば、肩を大きく震わせて、握った手に力が籠る。そのまま耳朶を甘く噛み、流れるように首筋に唇を這わせ、鎖骨の辺りに吸い付いて痕を残す。


 これで何個目だろうか。レイヴンの肩周りには、いくつもの花弁が散っている。


「〜〜っゆ、リ……ぅんん」

 続く言葉が音になる前に、再び口を塞ぐ。互いの唾液が混ざり合う程深く長く口付ければ、離れる時には名残惜しそうに舌が追ってくる。その愛らしい舌を軽くちゅっと吸い、垂れた唾液を吸い取るように、顎へ向かって唇をなぞらせる。

 今度は輪郭に沿って舐め上げて、先程と逆の耳朶を口に含んだ。肩に置かれていた空いた手が、堪らず縋るように首に回される。それでも繋いだ手を離さないレイヴンが可愛くて、つい笑ってしまう。


 ……かれこれ、時計の長針が半周くらいしただろうか。潤む瞳に上気した頬。震える体に上がる息。

 そう、ユーリはずっと、この“レイヴンが望んでいるであろう行為”を、繰り返し繰り返し続けている。


 今もまた一つ、花弁を増やして……。


「なんつー顔してんだ」

 顔を覗き込めば、唇を震わせ今にも泣き出しそうなレイヴンが映る。

「触っ、て、よ」

 消えそうな声で呟く言葉は前置きも冗談も無い、直接的な懇願。どうやらもう余裕がないらしい。チラリと視線をやれば、レイヴンの下肢は緩めのズボンにも関わらず、布が張り詰める程に勃ち上がっている。

「触ってんだろ」

 レイヴンが望む箇所がどこであるかを知りながら、服の上から胸の飾りを撫でる。指の腹で僅かな膨らみの上を滑らせていけば、下肢に負けじとツンと可愛らしく布を押し上げ主張してくる。それをやんわりと摘んだり、擦り上げたりして弄ぶ。摘む指に力を込めれば、同じようにレイヴンが手を握る力が増した。

「意地、が、悪いわよ」

「悪い悪い、直接の方が良かったか?」

 笑いながら、腹の方から衣服の中に手を潜り込ませる。臍の窪み、腹筋のラインをなぞりながら、焦らすように、ゆっくり少しずつ上に向かっていけば、指先がカツンと材質の違うモノに触れた。

 胸に埋め込まれた魔導器。

 無機質ながらも温かく、手の平を重ねればどくんどくんと、速く大きな鼓動が伝わる。レイヴンの生命エネルギーで稼働していることを知りながらも、この時ばかりは俺が魔導器を動かしているような気分になる。

「……ユーリ?」

 俺を呼ぶ不安そうな声で、手を置いたまま鼓動の音に浸っていた事に気が付いた。そんな事で優越感を感じてしまっていた自分が気恥ずかしくて、誤魔化すように魔導器とは反対側の胸の飾りに触れてやる。

「ひっ、ぅ、っっん」

 硬くなった突起の感触を堪能するように指の腹を押し付ければ、跳ね返すほどに硬度を増す。柔い手つきで円を描くように形に沿わせるとレイヴンの体が小刻みに震えた。再び腹の方に降りれば、鳥肌が立っているのがわかる。

 寄せるもんなんてないが、肋を滑らせ────歴戦を駆け抜けた、普段のだらしない振る舞いからは想像も出来ない程に柔らかく、それでいてしっかりと物になっている胸筋に、少しばかり嫉妬をしながら────寄せ上げるように下から胸を揉む。

「ユーリ、もう」

「レイヴン、もう一回キスしようぜ」

「〜〜〜っっ」

 痺れを切らして強請ろうとする言葉を遮断し、何度目かわからない口付けを催促する。涙目で下瞼から頬を真っ赤に染めながら悔しそうに顔を歪め、それでも目を閉じ唇を重ねてくる。

 応えるように触れるだけの口付けから、舌で唇を割り口腔内へ。歯肉を舐め取り、遠慮がちにつついてくる舌に絡み付くと、肩を震わせ、その都度舌先もひくついて。逃げるように離れていこうとする舌を甘噛みしてやれば、首に回された手と握る手、両の手が加減なく爪を立ててくる。剥き出しの手の甲に、切り揃えられた爪が食い込んで痛い。

「ふぁ、も、ゃ、ら」

 解放されだらしなく開いた口から、喘ぎと吐息の合間に漏れる声が、拒否ではないのはわかっている。「嫌じゃないだろ?」と聞けば、レイヴンは困ったように眉を寄せた。

「わかってる、くせ、っに」

「ははっ、おっさんが可愛いことならわかるんだけどな」

 緩慢な手つきで髪を一梳きする毎に、ぶるりと震える体。今すぐにでも押し倒して、声が枯れるまで鳴かせてやりたい欲に駆られる本心を抑えつけて、毛先までしっかりと撫でてやる。

「物足りなくなっちまったか?」

 繋いだ手を顔の前に持っていけば、まだ染まるのかと思うほど濃く赤面しレイヴンの言葉が詰まる。翡翠色の瞳から目を逸らさずに、手の甲にちゅ、と口付けを落とすと、そこすら性感帯のようにびくりと大きく跳ねた。

 手の甲から親指に向かって舌を這わせていき、可愛い反応と裏腹に、男らしい節榑立つ指を唇で食む。親指を味わったら次は人差し指へ。汗ばんで少し塩気を感じる指の先をちゅぽ、と音を鳴らしながら吸い付き、口内で転がす。

 順に中指、薬指、最後に小指。全ての指を同じだけ時間をかけ、存分に味わう。唾液に塗れた敏感な指先は、舌の刺激をどれだけ拾っているのだろうか、喉からは嬌声が漏れ続ける。

「ひ、ぅ、っうぅ、っっ」

 それでも手を離そうとしないレイヴンが健気で愛らしい。

(堪んねぇな)

 昂る感情で、それでも甘く優しく……を脳内で繰り返しながら、シャツの釦に手をかけた。一つ一つ丁寧に、まるでボタンにすら感覚があるかのように外していけば、少しずつ濃いめの肌色が視界を占めていく。

 最後の一つに手を掛ける。

 穴から丸い釦が抜けて行き、手を離せばはらりと布が左右に掃けた。眼前には先程指で愛撫をくわえたツンと立つ乳首と、ヌラリと赤い光を放つ心臓魔導器が。

「やら、も、ユ、り」

 吐き出しきれない熱が体を過敏にし、服が乳首を掠めるだけでも達したのではないかと思うくらいに痙攣している。ピンクに腫れた突起にふぅと息を吹きかければ、そんなささやかな風も快感の呼び水となり、体全体を震わせた。唇をあて合図をし、下から突起をれろりと舐め上げる。

「ひっっ〜〜」

 レイヴンの首がガクリと後ろに傾き、上擦った声が上がる。乾いた肌が唾液で艶めかしく濡れ、よりぷっくりと見える乳首は、甘味の類のように映りとても美味そうだ。乳輪ごと口に含み、じゅうじゅうと吸い込んだら、押し込んでくるかのように胸を反らせ、堪えることを忘れてしまったかのようにレイヴンの口からは喘ぎが止まない。

「あっ、ぅぁっ、ぁ、ぁ、あ、〜っっ」

 発される声と共に、ぽたぽたと唾液が滴り胸板へと流れ落ちる。伝う唾液ごと乳首を舐め取り転がしていると、途端、塩っぱい雫が舌に触れた。

 見上げれば、真っ赤な下瞼から丸い水滴が生み出され、瞬きと同時に落下して、レイヴンが泣き出したことに気付く。

「ちょ、おっさん」

「ぅ、あ、も、むり……、もっ、おれ……」

 最初は優しくないと言った事を後悔させてやろうと焦らしていたが、途中からはレイヴンが蕩けていく様が可愛くて。普段性急な分、ゆっくり愛してやろうと思っていたが……やり過ぎたか。

 ただでさえ感じすぎてぐずぐずの顔が、涙で更に淫靡に見え、ずくんと体の奥、加虐心を煽られ慌てて首を振った。俺が悪かった、と口に出そうとした瞬間に、被さる様にレイヴンが声を発する。

「うれ、しいの……」

 聞こえた言葉が唐突過ぎて考えていると、続けて怪しい呂律で必死に言葉が紡がれていく。

「うれし、けど……いつも、みたいに……もっと、ちゃん、と、さわってくれなきゃ、いや、だ」

「!!」

 声を詰まらせ身震いしながら。躊躇いがちに、しかし大胆に。繋がれた手がレイヴンの下肢の間へと導かれていく。


(……やられた)


「ユーリ、は……? おれはもう、ユーリが、ほしい、よ」

「っ……そりゃあまた、随分な殺し文句言ってくれるじゃねえの」

 俺がレイヴンを動かしている、なんて自惚れてたのはどこのどいつだったっけか、と、ユーリは数分前の自分を皮肉る。


 まるっきり逆だ。


 俺が、レイヴンに突き動かされているんじゃあないか。

 心臓が、今いい所なんだから静かにしてくれと制止をかけたくなる程に、破裂しそうな勢いで煩く脈打つ。

「俺だってあんたが欲しくてとっくに限界だっての」

 跨って開かれた足の間。山なりに膨らんだ天辺に、導かれるまま、繋がれている手の平部分で触れる。ずっと握っていた手の温度を上回る熱を感じると同時に。どこかのタイミングで達しているのだろう、僅かな湿り気と、ぬちゅ、と響く水音。レイヴンと指を絡ませたまま、平だけで摩ると腰が揺れた。

「イチャイチャしてるだけでイっちまったの?」

「んっ、も、ほんと、意地悪」

 からかうように言い、ズボンを脱がせる為に繋いでいた手を離せば、「あっ」という声と共に寂しそうに指が追ってきた。「また繋いでやるから」と指先に軽く口付ければ、潤む翡翠の瞳がとろんと溶ける。

 その手を肩に掛けさせ、腰を浮かすよう促しながら、下着ごとまとめて片足ずつ脱衣する。途中、中心部で張り詰めたモノが引っかかり、ふるりと揺れた。服との接地面から、先端が、粘着質な音と共に糸を引きながら剥がれる。


 露わになったレイヴンの雄は先端にぷっくりと珠の雫を浮かべては、いやらしくとろとろと垂らしていて、思わずユーリは生唾を飲み込んだ。

 数度軽く扱いて、溢れた雫を二本の指で掬い取り臀部の割れ目へと運ぶ。割れ目をなぞり蕾に触れれば、そこは指を食らうかのようにはくはくさせて。求められるままにつぷりと入り口を割り入って、肉壺の中へと指を進めれば、もう離すまいと強い圧で締めつけられる。

「ぁっっ、は」

 熱い肉壁を掻き分けて掘り進めて行けば、指先にしこりが触れる。ツンとつつけば過剰な程にビクリと跳ねた。イイところに触れたからだけでは無い、待ち望んだ漸く与えられる刺激に、これだけでもレイヴンの体は軽い絶頂を迎えたようだ。

「ひぁっ、ぁ、そ、こ」

「思う存分、触ってやるから、な」

「まって、ユーリ、いま」

 レイヴンの制止を無視し、ふっくらと膨んだ前立腺を指の腹で潰すように触れば、爪を立て、腰を大きく反らせた。

「〜〜〜っっっ!! いま、いって、ぅぅ」

 とぷとぷと、遠慮がちに透明な蜜を吐き出しながら震えるレイヴン。お構い無しに連続して中を擦りあげれば、膝がガクガクと揺れた。

「だめだめダメだめッッ♡」

「ダメじゃないんだろ。いつもみたいにエッチなことされたいって言ったのはどの口だっけか?」

「だっ、なん、かぁっ、おかし……ぃぃぃ」

 回らない呂律に開きっぱなしの口。

 行為中のレイヴンはスイッチが入ると素直でエロくなるが、今日は比じゃないくらいに蕩けている気がする。さっきまでの愛撫が効いてるのだろうか。

(だとしたら、こりゃ普段からもう少し優しくしてやらないとな)

 零れる蜜を反対の手でも掬い、収縮を繰り返す入り口に更に二本の指を捩じ込む。

 拡げるように捏ね、浅い所を擦り、奥にいる指は変わらず前立腺を掠めつつ中を同時に刺激していく。

「なかぁっ、ら、めっ、だ、ぁっ、っぁぁあ」

「ああ、中気持ちイイな」

「んぉっ、ぁっ、ぁッ、ひ、ぐ、ぃく、いぐっ♡」

 抑えがきかないとはいえ控えめだった高めの喘ぎが、徐々にくぐもったものへと変わっていく。

 擦ってる間ずっと中でイってるんじゃないかってくらいに、腸壁も、しがみつく腕も、足の指の先までも痙攣させて。反らした腰が揺れる度、勃ち上がったレイヴンの先端がユーリの腹に押し付けられ、その刺激がまた新たな嬌声を引き出している。

「とま、ない、っっ♡ ゆ、りぃぃ」

 押し付けた亀頭を腹に擦り付け、尻で指を飲み込むレイヴンは、まるで俺を使って自慰をしているようにも見えて。あまりのエロさに、服の内で存在を主張する息子が興奮して漲っている。

 ────普段ならば、もうとっくにレイヴンの内部に埋もれ熱を堪能し尽くしているモノ。それがまだ、触れられてすらいないのだ。はちきれんばかりに膨れ上がる己に、もう少しの辛抱だからなとユーリは心の中で言い聞かせた。

「っあんまり煽んなよおっさん」

 十分に解れた穴から壁をなぞりながら降りていく指を、レイヴンは名残惜しそうにきゅうきゅうと締め付けてくる。逃れるように引けば、コルク栓を抜いたかのような、きゅぽっと小気味のいい音を立て指が抜ける。

「ひっ……ぁ、んぉぉ……♡」

 余韻に震える尻を撫で、しがみついて、俺の肩にだらしない顔を埋めているレイヴンの無防備な首元に、甘く噛み付いてやる。


(さて、と)

 自分の下腹部に手をやり、ズボンの前を寛げる。下着をずらせば、今か今かと待ちわびた、血液が沸騰するほどに熱く猛った剛直がぶるりと姿を現す。「お楽しみはこれからだろ」とレイヴンの腰を掴み、尻の割れ目を滑らせると、レイヴンの口からは期待と不安に揺らぐ声が漏れた。

 ユーリは先程まで指を潜らせていた後孔を己の屹立に宛てがう。熱の塊が、入り口にキスをする。体重を利用して、先端を押し込んでいく。

「あ……ま、って……」

(ここまで来てまだ待たせる気かよ)

 亀頭が蕾を割り開いていき、もう少しで入りそうなところで制止がかかり、再び振り出しに戻った。

「……いいけど我慢、できんの?」

 吸い付く蕾を掠めるように何度も割れ目に押し付けて問えば、レイヴンはしばし迷ってから、ふるふると首を振って強請ってくる。

「〜っっ、ゃ、ほっ、し……い」

「じゃあおっさんも協力してくれよ」

 ユーリの声に応じて首に回していた手を離すと、おずおずと尻の方へと持っていき、レイヴンの掌がユーリの剛直に触れ、包んだ。ドクンと脈打つそれに呼応するように、レイヴンの体も跳ねる。

「青年の、がちがち……」

「だとしたらそれは、おっさんのせいだ、な」

 感嘆の溜息ひとつ。

 しょうもないことで恥ずかしがるくせに、こういう台詞は躊躇いなくさらりと吐き出すんだから、本当、この男は厄介だ。


 握られた熱塊が、蕾と二度目のキスをする。

 ひくつく入り口が、ディープキスを彷彿とさせるようにちゅうちゅうと先端を吸い上げる。レイヴンの体が下に降りるのに合わせて、みちぃ、と音を発て扉が開いていき、招かれるように亀頭が迎え入れられた。

 だが快感を恐れて沈みきらない腰のせいで、そこから先へは思うように進まない。まるで拙い手淫で焦らさせている気分だ。レイヴン自身も、拒みながらも刺激を求め、自分で自分を焦らしている。 

「はぁっ……時間切れ……」

 煽りに煽られ────本人はそのつもりはないだろうが────これ以上はもう待てないユーリは、掴んだレイヴンの腰を強引に降ろし、己の剛直を飲み込ませていく。指で慣らしたとはいえ狭い腸壁が、ユーリのカタチを象っていく。

「んぉっ……ぁぁぁっ、はい、って、ぇ、っっ〜〜!」

 掘り進めば、先端がしこりを掠める。先刻もレイヴンを追い込んだ前立腺を押し潰しながら、奥へと。敏感なそこを圧迫される感覚にレイヴンの体が跳ねる。

 締め付けに、気を抜けば搾取されそうになりながらも、ゆっくりと、しかし確実に。ユーリはレイヴンの内側、奥へと進んでいき……先端が行き止まる。

「お、くぅ……♡ ぅっ、あっ、あたっ、て……ぇ」

 溶けそうになるほど熱い腸壁に覆われ、ユーリは息を飲んだ。

「レイヴンの中、すっげぇ気持ちイイ」

 すぐイっちまいそうだと喉を鳴らして笑えば、きゅっと尻が反応を示す。

 レイヴンの腰を持ち上げれば、奥まで挿入った己の暗褐色が、再びずるりと姿を現す。腰を下ろし、それをまた飲み込ませる。自身の腰も動かしイイところも押しながら、緩やかに抽挿を繰り返せば、ユーリよりも先に早くもレイヴンの限界が来る。

「ひぁっ、あっ、ゆ、りぃぃ、ユーリぃ」

 内から湧く快感の波に呑まれ、びくりびくりと体を揺らしながら名前を呼ばれる。顔を上げ口を寄せれば、何も言わずとも応えるように唇を重ねてくる。

 喘ぎと震えのせいで拙い口付け。塞いで舌を絡め取れば、声の出処を失い、呻くように鼻から快感を逃がして。

「んぐぅ゛ぅぅぅ!」

 ビクッと大きく弾み、レイヴンから白濁が放たれた。震えながら吐き出されたそれは、ユーリの開いた胸元にもかかり、生温かい液体が服と肌を白く染める。

「〜〜っふ、っぅあ、あっ……」

 達したばかりのレイヴンには悪いが、あと少しで精を放てそうで、ユーリは荒い呼吸をしながら快感を追い、緩めずに抽挿を繰り返す。

「うぁっ?! ぁっ、ん、んっ、ぉっ」

 喘ぎの止まらない口からだらしなくはみ出した舌を吸えば、まるで給餌のように、差し出された舌から唾液が止めどなく流れ込んでくる。

「ひゅ、り、んっ、ぅりぃ……」

 ぎこちなく呼ばれる名前を聞きながら、ユーリは己の精が迫り上がってくるのを感じる。ラストとばかりにレイヴンの腰を鷲掴み、肺から熱い息を吐き出しながら、奥へと腰を打ち付ける。

「出すぞ……っ」

 我慢に我慢を重ね、痛いほどに張り詰めた肉棒。ようやく尿道を通過してくる水圧にぶるりと震え、体外へ────レイヴンの腹の中へと精を注ぎ込む。快感と同時に解放感がユーリの体中を駆け巡る。

「っは……っく」

「なっ、かぁ、あっ、つ、ひぃ……♡」

 溜め込んだ精液が水鉄砲さながらの勢いで、壁に向かって放たれ、叩きつけられる熱と刺激に更にレイヴンが反応する。嗚咽のような喘ぎを上げながら、焦点の合わない蕩ける瞳。イってるせいで腸壁が痙攣し、残滓までしっかりと搾り取られていく。

 ふぅ、と大きく息を吐き、ユーリはレイヴンの胸元で妖しく光る魔導器に口付けた。早鐘のように鼓動を刻む魔導器は、それ自体が生きている、いや、心臓そのものが剥き出しになっているかのようで。直接、臓器に触れたような背徳感にゾワリと肌が粟立った。


 数度脈打ち、ありったけを注ぎ込んだ気がしたが、ユーリの剛直は剛直のまま。萎える気配がない。レイヴンの腰を持ち上げずるりと抜けば、自身と癒着してしまったかのように、内壁が引っ張られてきた。

「はっ、ぁ……♡」

 レイヴンの切ない声に合わせて己の欲の塊を抜き去ると、栓を失った後孔からは、追って濁る液体がとろりと溢れてくる。

「レイヴン、もうひと踏ん張り。付き合ってくれよ」

「ふ、ぇ……?」

 余韻に浸り焦点の合わないレイヴンを抱え、ベッドへ横たえる。ぼふりと柔らかい音を立て、レイヴンの重みを吸ってベッドが沈む。

 なすがまま、投げ出された手足。シーツに散る乱れた髪。肌蹴た上着。汚れた下肢。全てがユーリの熱を振り起こす。

「えっろ……」

 続いてベッドへと乗り上げ、レイヴンの足の間に割り入る。ぼうっと揺らめく翡翠の瞳が、段々とユーリの姿を映し出す。

「まさかこれで満足したわけじゃないよな」

「さすが、若人……」

 熱を保ったままの剛直に、レイヴンの視線が刺さる。自身の排出物を纏ってギラついたそれは、一度では満足出来ずに、血管を浮き上がらせ、もう一度レイヴンと繋がることを望んでいる。

 レイヴンの足を担ぎ上げ、肩へと掛ける。覆い被さるようにして、レイヴン顔の横に手を付けば、柔らかい体は尻を上に向け、膝を抱えるかのように二つ折りになった。剥き出しの蕾に、三度目のキス。押し進めば、もう抵抗することはなく、くぱっと口を開いてユーリを飲み込んでいく。早く早くと急かすように、蠢く内壁に導かれ、ずぶずぶと奥へと誘われる。

「ふ、うぅぅ……ん」

「っは、熱烈な歓迎されすぎて照れるな」

「ユーリに、だけ、なんだか、ら、ね……」

「ったり前だろ」

 こんな姿も体も、他の誰にも暴かせてなるものか。熱も感覚も、吐き出される甘い声のひとつだって、拝めるのは俺だけの特権だ。

「こいつも、あんた専用だぜ?」

「んっ、ば、かぁ……」

 掘り進んで奥に届いた剛直をコツンと当てて笑えば、翡翠の瞳を逸らして、素直に喜ぶには恥ずかしいのか口を尖らせては頬を染める。そんな複雑な表情を浮かべる顔の横に投げ出された手が、そわそわしているのに気付いたユーリが「手、繋ぐだろ?」と告げる。利き手を上から重ねるように握れば、ぎゅっと握り返され、レイヴンの口元が綻ぶ。

「手、握られてると、安心するわ……」

「そんな不安だったのかよ」

「そ、じゃないけど……大事に、されてる感じ……?……っや、なか、おっきく、なった……」

「今のは……あんたが悪い」

 いちいち可愛い事を口にしてくれるもんだから、中にいる息子が素直に反応を示す。その反応に呼応するように、レイヴンの腸壁もきゅうきゅうと収縮した。

「動かす、ぞ」

 しばし間を置いてから、熱く猛る自身をゆっくり引き抜き、中を擦る。天井を向いている尻に対して垂直に、引き抜いたそれを突き刺すように腹に向かって押し込む。ぐぢゅぢゅ、と中に残った精液が立てる卑猥な音と共に滑り込んでは、レイヴンの内側へとまた姿を隠す。

 スローテンポで行う抽挿に、ビクビクと震えているのが肩に触れる足から伝わる。繰り返し繰り返し、ギリギリまで引き抜いてはぶつかるところまで押し込めば、手を握る力が強くなった。空いた左手には、脇腹をぎゅっと掴まれた。

「ふぁぁ、ぁっ、あっ、っっぁ〜~」

 開きっぱなしの口から、蕩けた声と涎が溢れる。腹についたレイヴンの雄も、同じように先から涎を溢れさせては、腹筋の窪みへと垂らしている。快感に身を委ね、恍惚としたレイヴンの顔を見て、ユーリはふと思い立つ。

「今日は奥までいけそうだな……」

「ん、ぁっ、ぁ、ゆぅ、り?」

 はふはふと口で呼吸をしながら、聞き取れなかった言葉を聞き返す様にレイヴンは首を少し傾けた。

「なぁ、レイヴン」

「ん、な、に」

「腹、力入れててくんねぇか」

 レイヴンの先端から垂れる雫で濡れている腹を摩る。

 腹の奥────ぶつかる壁の向こう側へ辿り着けないかと、何度か試みた事がある。しかし今のところ、ちゃんと成功したためしは無い。緊張で強ばる体に割と本気で拒まれるのと、さすがにそこまで拒まれて無理矢理する気にはなれなかったからだ。

 だが、今なら。

「あっ……、まっ……」

「また『待って』、か?」

 押し込むように体重を掛けていく。体がひとつになりそうな程に密着して、ぬるりと互いの皮膚を伝う汗が混ざり合う。ノックするように、腹を撫でながら、グッグッと何度も優しく叩く。

「ぉっ、あっ、ふぁっ」

 そのうちに亀頭が襞を押し退けていき、開いていく隙間に捩じ込むような感覚。レイヴンの腹を軽く押せば、続くノックに、来客を招くようにそこが開かれていき……。

「っっ……ぁ……?」

「はいっ……た」

 グポッと鈍い音がして、先が、未開の空間へと踏み込む。

「は……ぇ……」

 レイヴンが口をぱくぱくさせて、目を見開いているのが見えた瞬間、きゅううと搾り取るように締め付けられ、ユーリは思わず声を上げた。

「んぁっ、すっ、げ……」

「ゆっ、ぅ、り」

 目をチカチカさせながら、びくん、びくん、とレイヴンの体が跳ね上がる。同じリズムで腸壁がキュッ、キュッ、と収縮と弛緩を交互に行い、ユーリに快感をもたらした。

「そ、こ……だ、め」

 握る手も、脇腹を掴む手も、触れる体も。動かしていないにも関わらず、痙攣が止まらない。

「レイ、ヴン……気持ちいいか?」

「ふ、ぁ……あっ……わ、か……ない、こ、れ……だ、め」

 体の反応に思考が追いついていないようで、瞳が虚空を映しゆらゆら揺れる。

「っは、もっと……気持ちよくなろう、なっ」

 息を吐き出しながら腰を動かし、招かれた襞の先から、グポっと亀頭を抜く。

「〜〜〜〜っっっ?!」

 声にならない声をあげ、レイヴンの体が再び大きく跳ね上がる。そこに、もう一度襞の向こう側へと己を深く押し込むと、レイヴンは甘い悲鳴をあげて、全身をわなわなと打ち震わせた。

「んぉぉぉぉっっ♡」

 腸壁が何度も何度も反射的に締め付けてくるのが堪らなく気持ちいい。激しい快感に噴き出す汗が、レイヴンに向かって落ちる。

「〜っっ♡ ぉっ♡ ぉっ♡」

 快感が堰を切り、恥じらう余裕もなくレイヴンの喉からはひたすらに喘ぎが漏れる。痛みを伴わないかが気掛かりではあったが、恍惚とするレイヴンの表情を見る限り、気持ちよくなれているんだろうと安心して、抽挿を続けた。

「んぉ♡ やっ♡ だめっ♡ だっ、めぇ♡」

 ユーリがクポクポと襞を行き来させる度に、空イキのような状態が続き、レイヴンの嬌声が響く。

「きもち、の♡ すごっ、くて、おっ♡ おか、おかしくっ、なっ、ぁぁぁ♡」

「いいぜ、好きなだけ乱れてくれ」

「んひっ♡ ゆぅり♡ きもひぃ、ゆ、りぃ」

「俺もだ、よ」

 下腹部に熱が集結していく。血が滾るように剛直が熱くなり、内側からせり上がってくる感覚に、己の限界が近いのを感じる。それでも焦らず、しつこいくらいにゆっくりと。引いては押し戻し、ピンポイントに刺激を与える。レイヴンは足の指先まで弾けるように痙攣させて、つりそうな程にピンと伸ばしている。

「んっ♡ おっ♡ ひぐっ、ぃ、ぐぅ♡ ィっ、てりゅ……っっ♡」

「っく、わり、も、イキそ」

 視覚から得る、涙や汗や涎でぐちゃぐちゃに乱れたレイヴンと、狭い壁を擦りあげる快楽に、たまらず下半身が震える。緩慢な動作を意識しながらも、ユーリは忘我の境に入ったように、ついペースが上がり、自身も、同時にレイヴンも追い詰めていく。

「っは、っぁ、レイ、ヴン」

「ひぅ♡ ぅっ♡ んぉっ♡ ぉっ♡ 〜〜っっっ♡」

 クポクポと、俺だけが許された扉を出入りして幾度目か。張り詰めた剛直が漏れそうになるほどの圧に襲われ、頭が真っ白になっていくのを感じた。

「っっ出すぞ……!」

「ん、ひ……っ♡」

 もうこれ以上は入らないくらい、体重を乗せ、骨がめり込みそうなほどにグリッと押し付け、自分が届く、レイヴンの一番深いところまで潜り込む。グポ、という音に続き、剛直が脈打ち、びゅるりとレイヴンの奥へと、ユーリの精が放たれた。

「ぃぐっ、ぅ♡ ~~っっんぉぉぉ♡♡ でてっ、あっ、つ、っひぃ」

「っ、く……っ」

 ただでさえたまらなく気持ちいいというのに、イってる最中も吐精をけしかけるように締め付けられ、びゅ、びゅっと精液が絞り出されていく。

「はっ、はっ……っはぁ……」

「んぉ……♡ っっ♡ っん、ふ、ぁ♡」

 残滓が吐き出される度に、レイヴンの腸壁がそれを飲み込むように蠕動する。ビクビクと脈打つ己が空っぽになり、その全てをレイヴンの中に注いだことを感じ取り、ユーリは息を吐きながらゆるりと腰を上げた。

 緩んだ襞から、硬さを失いつつある自身をくぽりと抜き、ずるずると引いていく。じゅぽ、という音をたて、レイヴンの肉壺から、暗褐色を抜き去った。自身という鍵を失った鍵穴は、ぽっかりとその空洞を覗かせている。鈴口に残った液が、ぽたりとレイヴンの尻へと落ちる。

 しばらくそのままで居たい気もしたが、屈曲位という体勢上、上に乗り体重をかけ続けるのは些か可哀想な気がして、退いて、足を降ろして楽な体勢にしてやる。なすがままなレイヴンは、引き抜くために擦れた刺激にも、足を掴むという行為にも、体を跳ねさせては大きすぎる余韻に浸っていた。

「レイヴン」

 右隣に横になって、空いた方の右手で髪を撫でてやる。レイヴンはそれにすらビクリと反応を示す。閉じないままの口から小さく喘ぎを漏らしながら、ぼうっと空を泳ぐ視線が落ち着くまで。ユーリは優しく髪を撫で続けた。

「ゆ、……り」

 ユーリも深呼吸を繰り返し、乱れた呼吸を整えて。その間に、意識が戻ったかのように、レイヴンがこちらに首を傾けて、翡翠の視線が俺を捉えた。

「満足した?」

 目が合って一番に聞いてやると、レイヴンは首元から顔にかけて、茹だつように紅潮した。

「あんなこと、言うんじゃなかった……」

 今しがた行われていた行為が思い出され、レイヴンはこんなはずじゃ……と恥ずかしそうに呟いた。

「甘やかされて、イチャイチャしたいのよ、だっけか」

「言わないでちょうだい……」

 遂に耳まで赤くしながら、レイヴンはふいっと逆を向く。

「なんだよ、ご不満なの?」

「~~っ、はぁ〜……満足! 満足したわよ!」

「そりゃー何よりだな」

 顔を背けたことで剥き出しの耳元に軽く口付けると、ふぅっとレイヴンから甘い息が漏れる。油断も隙もないわね、という顔をしながら、レイヴンは繋がれたユーリの左手を口元へと運んだ。

「……ずっと……繋いでてくれたしね……」

 ぼそりとそう言うと、レイヴンはユーリの手の甲に、愛おしいものに触れるような、柔らかい口付けを落とす。

「……だいすきよ」

 触れた唇の様に、柔らかな声で愛の言葉を囁かれる。ユーリは胸の辺りが熱くなり、顔が自然とにやけた。

「やめろよ、またしたくなるだろ」

「っ嘘、でしょ?!」

「嘘だよ。俺も好きだぜ。愛してる」

「っっ!!」

 繋がれた手を引き、レイヴンがしたのと同じように、手の甲に柔らかい口付けをひとつ。

「これからはもっと優しくしてやっからな」

「……お手柔らかに」


 それからしばらくの間、笑い合いながら、互いに軽い口付けを繰り返し。レイヴンが眠りに落ちるまでを、今日も見届けてから、ユーリも夢の中へと旅立つ。


 夢の中でも一緒に居られるように。


「今日はこのまま、手、握ってような」


 ちゅ、と響いた優しい音が、長かった一日の終わりを告げる────。






2022.03.25