→←(ミギヒダリ)

 組み敷いた男の顔の横に手を付き、荒い息を吐く。

 動く度に、ベッドが軋む嫌な音がした。

 長い髪は重力に沿って、下にいる男────レイヴンの方へと流れる。

 その男の後孔は、ユーリの猛る剛直をずっぽりと奥まで飲み込んでいた。ユーリが腰を動かす度、血管の浮いた暗褐色が見え隠れする。

「んっ、ぐっ、ぅっっ」

 律動に合わせて、堪えたような、しかし確かに甘い呻きがレイヴンの喉から漏れる。

 衣服という仕切りから解放された体は汗で湿り、背中から肩にかけて髪が張り付いて気持ちが悪いが、それを払うでもなく、ユーリは目の前の行為に没頭していた。

「レイヴン……」

 名を呼び、昂ってきたところで、無意識に唇を重ねようと顔を寄せた自分にハッとする。

 レイヴンは瞳を閉じて、流れのまま享受しようとしていたが、一向にユーリの唇が触れてこない違和感に瞼を上げた。

「ユー……リ?」

「わりぃ。今のなし」

 付き合っているわけじゃないのに、キスなんてするもんじゃない。危うく、隠している本音が露呈するところだった。そんなことをすれば、本当はどう思っているかが触れた唇からバレてしまいそうで、興奮で流れる汗の中に、冷や汗が一筋混じる。

 どこか寂しそうに揺らぐレイヴンの翡翠の瞳に、相手もキスを望んでいたんじゃないか、などと脳が都合のいい解釈をもたらす。

(冷静になれよ……)

 俺らは、そういうんじゃない。ただ、己の欲を発散する為だけにこうしている。所謂、セフレだ。そこにそんな感情を持ち込むのは、無粋以外の何物でもないというのに。

 振り払うようにして、速度を上げてがむしゃらに腰を打ち付ければ、さっきの気まずさなど無かったかのように、レイヴンは顔を覆い、嬌声をあげる。

「っは……レイヴン……」

「ぁ、ぁっ、っっぁぅ、んぅっ」

 抽挿のリズムに合わせて響く声。

「レイ、ヴン……っ」

 いつだってそうだ。レイヴンは行為の最中は、時折気持ちいいと呟くだけで、それ以外の言葉は何も発さない。

 感じている無防備な時間ですら、喘ぎの間に、ふいに俺の名前が呼ばれる事などない。

「……っく、出すぞ……っ」

 腹の底から押し寄せる熱を感じ、ユーリは咄嗟に腰を引いて己をレイヴンの外へと追いやる。

「ひっ……ァァァ」

 引き抜く剛直に勢い良く擦られ、レイヴンの体が俎上の魚のようにビクビクと跳ねる。間一髪、放たれた白濁が、レイヴンの下肢を汚していく。

 同時に、レイヴンが自ら放つ精が鍛えられた腹を濡らした。

「っはぁ、っは……っは」

「んっ……ふ……っ」

 レイヴンの喘ぎに合わせてひくひくと痙攣する蕾は、未だユーリの形を残し開いたまま。

 太腿から尻までを汚す精液をなぞるようにして、レイヴンは開いた蕾へと指を運ぶ。その表情は、どこか切なげで、今何を考えてる? と問い掛けそうになり、口を噤む。

「……ちゃんとイけたかよ?」

「ん……ありがと。気持ち良かった」

 微笑むレイヴンは、もういつもの胡散臭い雰囲気を纏っていて、それがこの行為の終わりを告げる。


 後腐れがない。面倒がない。近くにいる。理解がある。そんな仲間の一人。

 体を繋げたところで、俺らの間にあるものはただ、それだけだ。

 キスはしない。手は繋がない。余韻に浸る事すらない。

 それでも。

「シャワー、先浴びといで。おっさん、も少し休みたい……」

「わかった」

 それでも、この時間だけは。

 その枠を超えて、懐に入り込んで、レイヴンの特別になれたような優越感を、ユーリは感じずにはいられなかった。


 ベッドから身を起こし、シャワールームへと足を運ぶ。


 ひとり残されたレイヴンが、ぼそりと「キス、して欲しかったのにな……」と呟いた声は、ユーリの耳に届くことはなかった。





2022.04.03