〈無題〉

 人への好意を素直に表に出せるタイプじゃないのは、自分が一番良く知っている。

 それでも、スター団の宝(なかま)達には────特に、シュウメイには、自分の気持ちを素直に出している。……そのつもりだ。


「シュウメイ。オマエ、オレのフェアリー達より可愛いよ」


 今だって。こんなこと、オマエにじゃなきゃ言わないよって、大胆な本音を告げているというのに。

「わっ、我はそんな……! そのような事、オルティガ殿のポケモン達に恨まれてしまう……!」

 喜んでもらえるどころか、言葉の真意を全くわかってくれていないであろう目の前の男に、オルティガは少しだけ苛立ちを募らせた。

 顔の大半が隠れた布から、唯一しっかりと覗く宝石のような青く美しい瞳は、何故だか今にも泣きそうに潤みだしている。

 意地悪を言ったつもりなんて、これっぽっちもないはずなのに。

 いっそ意地悪のひとつくらいしても許されるんじゃないかと、シュウメイの顔を覆っている布をぺらりと捲ってやる。

「なっ、何でござるか……!?」

 布の下から顕になったもう片方の瞳も、やはり水を与えたガラス玉のように、潤み、輝いている。


 あー、もう。可愛いなあ。


「……そのくらい、オレはオマエのことを気に入ってるってこと!」

「っ……! うう……我には勿体ない言葉……」

 ほとんど告白とも言える言葉。

 それなのに、シュウメイは頭を左右に振るもんだから、拒否された気がしてついカッとなった。

「もう! つべこべ言わずに受け取れよ!」

 苛立ちのままに、吐き捨てるようにして声を荒らげると、オルティガはシュウメイから視線を外す。

 ……これではただの独り善がりだ。

 恥ずかしさのあまり、ふん、と鼻を鳴らすと、オルティガは腕組みをしてシュウメイに背を向ける。

 シュウメイの姿が、視界から消える。背後から聞こえるのは、微かな衣擦れの音だけ。

「…………」

 その音に、ふと不安が過ぎる。


 彼は────泣いていたりしないだろうか。


「っ!」

 やってしまった、と思った。

 怒鳴るつもりなんてなかったのに。

 自分の短気さにすぐに後悔の念が込み上げてきて、振り返ろうかと逡巡した瞬間、上着の裾がキュッと引かれた。

「……シュウメイ?」

 そして控えめな掴み方と同様、控えめなか細い声が耳に届く。

「可愛いのは、オルティガ殿の方でござる……」

「…………はぁ?」

 聞こえた言葉に、意味がわからず思わず素っ頓狂な声が出た。が、続くシュウメイの言葉で、現金なことに、それまでのモヤモヤした気持ちは全て吹き飛ばされた。


「そんな貴殿に、可愛い、などと……我は、どっ、どんな顔していいかわからぬでござるよ……」


 言葉尻は、もう消え入りそうに掠れている。服を掴む手は僅かに震えていた。

 振り返って再びシュウメイの顔を覗けば、泣きそうに潤む目の下を真っ赤に染めていて……。


「……やっぱオマエ、可愛いよ」


 くすりと笑って手を伸ばし、自分よりも高く位置する頭を撫でてやる。

「オ、オルティガ殿……」

「オレがこんだけ言ってんだぞ。受け取らないと……許さないからな」

「しょ……承知した」

 シュウメイの見えないはずの顔が、笑みの形に崩れるがわかる。

 顔が熱い。心臓が早鐘のように音を立てる。

「オマエといると、調子狂わされっぱなし……」

「?」

「なんでもないよ!」

 聞こえないように呟いて、オルティガは赤らむ頬をハタハタと手で扇いだ。




 素直になりきれない少年と、自分の事には鈍感な少年。

 二人が結ばれるには────もう少し、時間が掛かりそうだ。







2022.12.02