共有したいお年頃

「あーもう! うまくいかない!」

 スター団、チーム・ルクバーのアジト内。

 オルティガのテントから響く、苛立ちの入り交じった、声変わり前の少し高めの声が、夜の闇に飲まれて消える。

 叫んでもおさまらず、オルティガは自分の爪を眺めながら、尚も唸り声を上げていた。

 視線の先にある左手の爪には、紫のマニキュアが、所々はみ出しムラになった状態で塗り固められていて、お世辞にも綺麗とは言い難い。


 必要などなかったが故に、今まで自分で爪を塗ったことがなかったオルティガは、スター団になってから初めてマニキュアに触れた。

 メロコもそうだし、シュウメイの両の手にも鮮やかな爪が光るのが、とても魅力的に見えたからだ。

 特にシュウメイは左右で色を変えているうえ、いつ見ても割れても剥げてもおらず、とても綺麗に手入れがされている。

 自分もあんな風に……そう思って始めた特訓だったが、どうにも成果はいまひとつだった。

「ちぇ……」

 口を尖らせて、失敗したマニキュアを、塗った順に綺麗に落としていく。そうして紫色の瓶を仕舞うと、変わりに別の色を取り出した。

 ムラになりにくいからと選んだ、透明な薄いピンク。これだけは、何とか様になるようになった。

 フェアリータイプを扱う、自分に合わせて作られた衣装と同じ色をした、薄いピンク色。

 瓶を開け、乾いた爪に再び刷毛を走らせていく。


 ピンクに染まっていく指先。

 それは望む結果でないにせよ、自分も────好きな相手と同じでありたいという、オルティガの小さな願望の現れだった。




「シュウメイ、邪魔するよ」

 あくる日、オルティガはチーム・シーのアジトを訪れる。

 テント前で声を掛けて中に潜ると、そこにはフードを外して、素顔を晒した状態のシュウメイが座っていた。

「おお、オルティガ殿! どうされたでござるか?」

 声に反応して振り向いたシュウメイの、スター団だけでの集まりの時以外は常に隠されている、色素の薄い髪と肌。そして整った鼻筋と輪郭に、わかっていても思わず息を呑む。

「……絶対嫉妬だよな」

 シュウメイの顔をまじまじと見て思う。

 彼を虐めていたヤツらは、きっと余りにもシュウメイが綺麗過ぎるから、妬ましかったに違いない。

 不思議な言動のせいだとは聞いてはいるが……間違いなく原因の一つになっているだろう。間近で見れば、尚更そう感じる。

 同年代の同性が放てる色気の限界を超えている、まさに美男子。

 そんな風に見られているとは露ほども知らないその顔の持ち主は、オルティガの呟きに、怪訝そうに眉を顰めた。

「嫉妬? 話が読めぬ……」

「気にしないでよ、独り言」

 つい口に出てしまったが、こんな話を蒸し返すつもりはなく。

 早々に打ち切ると、オルティガはそんな事よりももっと興味のある────今目の前で繰り広げられている光景へと話題を変えた。


「それより、それ、色変えた?」


 シュウメイの細い指が、マニキュアを塗っていた。

 握られた刷毛の先が、爪の表面を滑り、色を落としていく。

 その色が、少しだけいつもと違う気がして指摘すると、顰められていた眉が持ち上がり、シュウメイの表情がパッと明るくなった。

「気付いたでござるか?!」

 ちょうど最後の爪が塗り終わったタイミング。刷毛を瓶へと戻し、シュウメイは嬉しそうに右手を翳してみせた。

「毒々しい色味でござろう! よりポイズンみを感じる色にしてみたのだ」

 端正な顔とのギャップを感じる、独特な言い回し。

 シュウメイは気付いてもらえたことが余程嬉しいのか、饒舌に語り出した。

「ふ〜ん……」

 良くはわからなかったが、イメージやら配合やらを嬉々として語るその姿を見て、オルティガはふと思い立つ。

「ね、それオレにも塗ってよ」

「……それ? マニキュアを、でござるか?」

 今度は驚きに、硝子玉のような目を見開いたシュウメイに、オルティガはするりと自身の手を覆う手袋を外してみせる。

 顕になった指先、もとい────自分で塗った、ピンク色にコーティングされた爪に、シュウメイが感嘆の声を上げた。

「おお! オルティガ殿も!」

 一緒でござるな、と手を握られて、嬉しさとあまりの可愛さに、漏れそうになる呻き声をぐっと堪えてオルティガは続けた。

「オレの指にも塗ってよ。……綺麗に塗れないんだ」

「? 綺麗でござるよ? それに我はピンクを持っておらぬ故……」

 確かめるように至近距離で爪を見られて、心臓がドクリと高鳴る。


 自分の手を握る、シュウメイの指先を彩る────紫色。


「そうじゃなくて……その色が、いいんだよ」

 好きな相手と、同じ色を共有したい。そんな淡い恋心に、シュウメイが気付くはずも無く。

 心底不思議そうな顔と視線が合うと、途端に恥ずかしくなって目を逸らした。

「オルティガ殿にピッタリの愛らしい色だというのに……勿体無いのでは」

 望む返答でないとはいえ、単純なもので、シュウメイにそう言われるのなら、この色も悪くはない気がしてくる。

 そしてしばし思案したオルティガは、「じゃあ、ここだけでいいよ」と自身の左手の、薬指を指差した。

「薬指、でござるか? ……ふむ、それはお洒落やも知れぬな!」

 また不思議そうに首を傾げられるかと思いきや、意外にもすんなりと受け入れてもらえた妙案に、オルティガはほっと溜息を吐いた。

「腕の見せ所でござるな」

 そうと決まればと、椅子に座らされ、向かい合ったシュウメイは、先程自分に塗っていたマニキュアの瓶を再び開けた。

 瓶からは、シュウメイの右手の爪を染める、毒々しい輝きを纏う刷毛が取り出され、それが、オルティガの爪へと宛てがわれる。


 ピンクに挟まれて、左手の薬指だけが、紫に────シュウメイの色に染まっていく。


 オルティガは、まるで宝物を見つめる子供のように、その光景を瞬きも忘れて眺めていた。

「失礼する」

 塗り終わり、刷毛を瓶へと戻したシュウメイが、オルティガの手を顔の高さまで持ち上げる。

 そして、ふうー。と、塗られたばかりの薬指の爪に、シュウメイの形の良い口から息が吹きかけられた。

「シュウメイ?!」

「こうすると速く乾くでござるよ」

 そう言って繰り返し、ふうーとゆっくり吐き出される息。

 シュウメイから発される息にも、そのために窄められた唇にも、息を吐くタイミングで閉じられた、瞳の上に生え揃う、長い睫毛にも。

 一瞬にして、その全てに欲情してしまい、オルティガは顔を真っ赤に染めた。

 心臓が煩く暴れ出す。

 やばい、やばい、やばい。

 触れる指先から、高鳴る鼓動がバレたらどうしようという焦りが、更に鼓動を速くした。


「……もう大丈夫でござるな」

 満足気に微笑むシュウメイに、人の気も知らないでと心の中で呟きながら。

 必死に冷静さを取り戻したオルティガは、紫に染まる薬指を見て、努力も虚しく、再び頬に熱を灯らせたのだった。




 そして後日。

 シュウメイの左手の爪が、薬指だけピンク色に変わっていることに、皆触れていいのかどうなのか……、スター団内で小さな騒ぎになったとか………………。







2022.12.8