熱変動

 無意識のうちに。突然告げられたアイクの言葉で。

「……そう……ですか」

 僕の体は、火照って熱いのに。

「良かったじゃないですか……」

 その内側だけが、凍りつくように冷たくなった。

「ああ。ありがとう」

 少し照れたように微笑むアイク。あなたが嬉しいなら、あなたが笑うなら。僕も嬉しいのに。嬉しい、はずなのに。体の中心が、まるでギシギシと音がするくらいに、締め付けられ、軋んでいた。心が、悲鳴をあげていた。

「……すみません、もう……眠ってもいいですか……?」

「ああ、わかった。ゆっくり休むんだぞ」

「……はい」

アイクの背中を、目で見送った。

「……っはは……」

 アイクの気配が消えた途端に、込み上げてきた感情が喉を熱くした。上手く、笑えていただろうか?上手く、祝福出来ていただろうか?

「馬鹿ですね……僕は……」

 熱を出した僕の看病にと、食事を運んで来てくれて。大丈夫か?無理しすぎだ、なんて、優しく髪を撫でてくれたアイク。嬉しかった。……なのに。それなのに。

 

『あいつも、俺が好きと言ってくれたんだ』

 

 そんな話、聞きたくなんてなかった。あなたが嬉しそうにすればするほど、僕の心は凍り付いていった。

「いつかこうなるって……わかっていたことなのに……」

 辛いはずなのに。苦しいはずなのに。それでも、出て来るのは乾いた笑いと嗚咽だけで。涙は、一滴も流れなかった……────。

 

 

 

「……」

 どのくらい、時間が経ったのだろうか。差し込む光は薄暗く、夜を告げていた。体の熱さが気持ち悪くて、僕は薄着のまま外に出た。外は、月明かりが異様に明るかった。

 微かに吹く風が、身を切るように冷たくて。無意識に体を手で抱き締め、震えた。

「このまま、体が凍ってしまえばいいのに……」

 そうすれば、心の冷たさを、感じなくて済むのに……。

「……っ、……アイク……」

「……誰かいんのか?」

「!?」

 呟いて、急な気配に肩が跳ねた。直ぐ様、声のする方へ振り返る。木に寄りかかって月を見上げている、青白い光に照らされた、少し大きいシルエット。

「ハール……さん」

「……参謀殿、か」

 少し気だるそうな声が、静まり返った空気を鮮明に振動させる。

「そんな薄着じゃあ、寒いだろう」

「……放っておいてください」

 どこかアイクに似た感情の抑揚のない声が、耳にまとわりつく。あの人が傍にいないことを、僕に思い知らさせるようで、苛々した。

「まあいいんだがよ。目の前で倒れられたら後味が悪い」

「あなたには関係ない!! 僕がどうなろうが……あなたには何も関係ない……」

 あの人以外の優しさなんていらない。あの人さえいれば、他に何もいらないのに……。

「……?!」

突然背中に、熱を感じた。

「な、何を……っ」

「羽織り物の1つでも持ってりゃ良かったんだがな。生憎何もねえから、代わりだ」

 回された手が。触れる体が。僕の体温を上回って、不覚にも、温かいと感じてしまう。

「……ぁ」

「冷てえな」

「だったら……離れてください」

 何かが溢れ出そうで、必死に強がる。

「少しはマシだろ?」

 なのに、紡がれる言葉の1つ1つが優しくて。

「……これであなたが風邪をひいたら、僕のせいになる……」

「んー……。そしたらお前が看病してくれりゃあいい」

 張り詰めた糸が、緩み、

「何で僕があなたの看病なんて……」

「もう無理するな」

 解けていくようで。

「……ぅ……っ」

 僕の体は、寒空の下冷えて凍えているのに。

「ぁ……っ……」

 内側は、何故か温かくなって。

「ぁぁあ……」

 わけが、わからなくなって。

「っっぅぅ、うわぁぁぁぁぁ……っ」

 涙が、溢れた。

 

 

 

--------------------

 

 

 

「……落ち着いたか?」

「はい。……すみません……」

「気にするな」

 温かく、大きな体が僕を包んで。泣きじゃくる僕を、ずっと撫でていてくれた。

「泣きたい時は泣いて、疲れたら寝ればいい」

「僕を、あなたと一緒にしないでください」

「やっと笑ったな」

「!」

 マイペースなあなたに巻き込まれて、自然と笑みが零れていた。

「み、見ないでくださいっ……」

「恥ずかしがることじゃねえだろ」

「だって……」

 アイクにしか、見せたことがないのに。

「まあいいや。そろそろ寝ろ。お前熱あるだろ」

「別に、このくらい大丈夫です……」

 なのにこの人の前で笑えたのは……

「ふぁぁ……。俺は眠くて仕方ねえ。一緒に寝ちまうか」

「なっ……何でそんなっ……!」

 この人が……真っ直ぐ僕を見てくれているからだろうか。

「……嫌か?」

「……嫌、というわけでは……」

「じゃあ決まりだ。行くぞ」

「……は、い」

 優しさが欲しかった。温もりが欲しかった。

 でも、誰でもいいわけじゃない。

 でも、誰がいいわけでもない。

 

 ……僕の中で、アイクの代わりなんていなくて。やっぱり僕はアイクが大好きで。

 けれど、それでも僕の胸は……温かくて。

 だから今は。少しだけその優しさに甘えさせてください。

 

 僕の心の温度計は、あなたが触れると上がるから……。

 

 

 

 

 

 

2008.1.30

本編で絡みのないドマイナーCP。

検索して多分自分しか書いていない事が発覚して消そうと思いましたが、

せっかくなので叩かれるか限界が来るまでは記念に残しておきます。笑。