「シノン、頬、傷が出来てるじゃないか……」
向かいから歩いてきたキルロイに、先程ついた頬の傷を指摘される。
「別にたいしたことねーよ」
俺はこいつが苦手だ。
「手当て、しましょう?」
「……いい」
正確に言うと、こいつの笑顔が苦手だ。
「ね?シノン」
にこりと微笑まれ差し延べられた手を、俺は何故だか取ってしまう。
……逆らえないのだ。この笑顔に。
◇◇◇
「ちゃんと消毒しなくちゃ。傷が残ったらどうするの?」
「関係ねーだろ」
出来るだけ視線を合わせない様に、キルロイのいない方に目を向ける。
「綺麗な顔……もったいないよ?」
のばされた手が頬を包み、親指が傷をなぞる。
「っ……!」
「……」
ビクリと跳ねた体に赤面しながら、つい、目の前の男に視線を向けてしまう。
「シノン」
「卑、きょう……者っ」
交わった視線に縛られた様な感覚。そして名を呼び微笑むキルロイ。
どうしたらいいか、わからなくなる。
「卑怯? 僕は」
「卑怯、だ……っ」
頬は触れられたまま、目的もないのに視線がさ迷う。
「シノンの方が、卑怯だよ」
「何が……っ」
触れられた指が僅かに動くもどかしさに、鼓動が高鳴る。
「わざと……? それとも、無自覚なのかな?」
ゆっくりと、話ながら。少しずつ近付く距離。
「手……どかせ」
「……ふふ。無自覚なんだよね」
そう言ってまた微笑むと、キルロイは急に手を退かし、座っていた椅子から立ち上がった。
「キルロ……」
「薬、塗っておいたから」
突然消えた頬の温もりが、切ない。
「あまり無茶はしないで?」
最後に少しだけ淋しそうに感じる笑みを浮かべ。
キルロイは何も出来ずに呆けている俺の前から消えた。
「……」
なくなった温もりの場所へ手を触れると、傷口に薬特有のぬめりがあった。
「……」
無意識に俺はそこに指を這わせて……。
「っ!何やってんだよ俺は」
はっと我に返って首を振る。
「なんなんだアイツ……」
まだ消えぬ温もりを感じながら。
でも俺は、自分の気持ちには気付けなかった……。