一番近くで吐息と甘い囁きを

 耳。

 それはシノンの弱い場所。……多分、なんだけど。


 まだ日が高い快晴の真っ昼間に、俺はぼーっと、前回の情事を思い出していた。耳の傍で名前を呼んだら、今まで見たことないくらい震えてたんだよなぁ、なんて。あ。ヤバい、にやけそう。

 記憶の中の反応からして、高確率でシノンは耳が弱い! はずだよな?

 そう思ったらうずうずしてたまらなかった。

 これは確かめるしかないよな? 抑えきれない笑みを浮かべながら、俺はシノンのところに足を運ぶのだった────。




「……で、何だよ」

 あからさまに不機嫌な顔でこっちを見るシノン。俺はシノンの肩を掴み、ぐいぐいと壁際に追い詰めて。

背中が、壁に触れる。

「おい……」

「……確かめたいことがあってな」

「あぁ?」

 眉間に皺を寄せ、いきなり行われた謎の行動に苛ついてるようだ。俺は本題に移ろうと、一呼吸置いて呼び掛ける。

「あのな、シノン」

 真顔になった俺に嫌な予感でもしたのか、肩に置いてある手を退けようと俺の手を掴み、力を込める。

 俺は気にせずに、腕を曲げ、体を密着させるように近づくと、シノンの身長に合わせて背伸びをし、唇を、耳元に……


「お前、耳……弱い?」

「?!」


 ────一瞬の出来事だった。

 感じていた温もりが消え、シノンとの距離が開いている。

 さっきまで立っていたシノンは、いつの間にか足を曲げ座っていて。

「……シノン、お前……」

「っ……の……テメぇ……」

 耳元で囁いた瞬間、跳ねた体。俺は思いっ切り突き飛ばされ、シノンはガクンと下に沈んだ。見開かれた目に、赤らむ顔。

「マジで、耳弱いんだな……」

 まさかここまでとは思っていなかった。多分、てだけでむしろ気のせいかもくらいに考えたんだが。

「ヤナフ……テメェ、ブッころ……」

「良いじゃねえか、可愛くて」

 へたり込んだシノンの前にしゃがみ込み、足の間に割入る。

「っ……!」

 左耳に近付こうと顔を寄せたら、左腕を振るうから。それを受け止めて、指と指を絡め、壁に押し付けた。

「ヤナ……」

「シノン可愛い」

「ひっ、っぁ……」

 耳に近いポジションを奪えて、つい顔がにやりと緩む。早速耳元で声を発すれば、それだけでシノンの顔には熱が集積して。

「真っ赤になってる」

 耳の傍。この特等席からは動かずに、囁くように告げてやる。

「……る、せ……」

「すごいぜ?顔も……耳も」

 そのまま赤く熟れた耳朶を軽く口に含む。

「っはぁぁ……っ」

 ふるふると震えて脱力していく体。絡まった指先だけに、縋るように力がこもる。

「体と違って、耳朶は柔らかいのな」

 唇に触れる耳朶の感触が心地よくて、いつまでも戯れる。唇で挟むだけの甘噛みをし、下から軽く舐め上げてやれば、堪らず漏れる甘い声。

「ひ、は……っぁ、っはぁ」

 どうにか逃れようと首を振る可愛らしい姿が、視界に映る。

「も、や、めっ」

「ん? 耳だけじゃ足りないか?」

「……の、馬鹿……やろ……っ」

 途切れ途切れの言葉をからかうように拾ってやれば、悔しそうに悪態をついて。その反応に上機嫌な俺は鼻歌混じりに胸元に手を掛け、片手で上着をはだけさせていく。

 開けたシャツから覗く胸が、大きく上下を繰り返している。

「っは……っまじまじと、見てんじゃ、ね……」

 赤い顔で睨みつけてくるが、その台詞は「早くしろ」って意味にしか取れないよな〜。なんて思ったら自然と口の端がつり上がった。

「それは……遠回しに催促してんだよな?」

「な……っ?!」

 首筋から撫でるように触れていく。無駄のない引き締まった胸元は、同性の俺でも惹かれる程に男らしくて。こんな風に感じるなんて、普通なら想像もつかない。

「んで……」

「ん?」

 人差し指を滑らせて辿り着いた先の小さな突起を、指の腹で押し潰す。声こそ必死に堪えているが、体の反応は素直だ。

「……っ都合良い、解釈、しやがって……っ」

 否定的な言葉を吐いてくるが、かといって……

「やめてほしいわけでもないんだろ?」

「っ……!」

 耳元での低い問い掛けと同時に突起を摘むと、ビクンと音を発て、体が跳ねた。

「っ、ゥあ……〜〜ッッ?!」

「……なぁんだよ。もうイっちまったの?」

 ぶるぶると小刻みに震える体は、僅かに鳥肌がたっている。小さく主張する胸の果実は、指に吸い付くかのようで名残惜しいが、腹を滑り、下に向けて……じんわり滲みを描き始めている場所に手が触れる。指先に温かい湿り気を感じた。

「これだけでイけるって……相当弱いんだな、耳」

「うるせぇ……っ、しゃべんじゃ、ね……」

 イった直後なのに、シノンのそこは僅かに硬度があって。直接触れてやろうとベルトを外し、チャックを下ろしていく。今すぐ露わにしてやりたい気持ちを抑えて、焦らすように、ゆっくりと。

「や、ナフ……」

 目をぎゅっと瞑って、力を込めた右手で俺を押す。

「恥ずかしい?」

「るせ、んだよ……っ」

 開けたズボンと共に、濡れた下着を引き下げる。

「あーあ、すっげぇぐちゃぐちゃじゃん」

 ぬるぬるとぬめるシノンの雄が、ふるりと顔を出す。吸いきれなかった分の精液が、下着との間に糸を引いてかなりいやらしい。

「これじゃあ恥ずかしいよなぁ」

 俺が耳元で喋る度にヒクヒクと反応を示すのが余計にやらしくて、もっと焦らしてやろうかと思ったけど。

「俺のが我慢すんの大変だよなーコレ」

「ったら……早く……」

「早く、何?」

「っ、の、やろ……」

 耳ばっかり意識してるのが気に食わないのか、珍しく催促しようとするシノン。可愛すぎる。

「早く、しろっつってんだよ……っ!」

「ったく、物を頼む態度がなってねぇな。ま、可愛いから許してやるけど」

 なんて言っておきながら、何だかんだ言いながらも俺を求めてくれるってのが、本当はかなり嬉しいんだけど。

「何、ニヤニヤしてんだよ……気持ちわりぃ」

 赤い顔を隠すように下を向くシノンの顎を掴み、口付ける。

「っ?! ふっ……んっ」

 短く、啄んで。

「っは……っ」

 瞳を交わした。

「少し、腰上げろ」

 このままじゃ脱がせないから、腰を浮かせるよう導く。

 小さく舌打ちしながらも、シノンは床に手を付いて軽く腰を浮かせた。床との間に出来た隙間を通らせ、ズボンと下着を太股までずらした。そこから片足ずつ持ち上げて、太腿に口付けを落としながら少しずつ取り去って行く。

 衣服が擦れるのも刺激になるように、ゆっくり、ゆっくりと。

「お、い……!」

 綺麗に整った尻の孔が、前から垂れてきた汁でぬらぬらと光り俺を誘惑する。残った衣服を完全に取り去る頃には、フーッフーッとお預けくらった獣のような荒い呼吸を繰り返すシノンに、潤む瞳で睨まれた。

「怒んなよ。気持ちよくしてやっから」

 不機嫌な顔も、耳元で囁いてやれば、甘く、緩む。

「ふ、ぅんんん」

 軽く自分の指を舐め、後孔に運んで。入り口に触れたらキュっと窄まるのを感じた。

「意識しすぎだろ」

 耳に息を吹きかけ、体の力を抜くように無言で促して。ゆっくり、指先を入れていく。

「ん……っ」

 顔色を窺って。痛みがないことを確認し、指を進める。

「ふっ、ぁ……っ」

 回したり、なぞったり。動かしながら先へ進めたけど、余裕そうで。むしろ物欲しそうな顔をして。

「もう欲しい?」

「勝手に、しろ……」

 試しに聞いてみたら拒否はされず。

「じゃ、入れるぜ」

 軽く慣らすのに使った指を抜き、昂ぶる自身を服の下から解放する。

「シノン」

「っんだよ」

「呼んでみただけ」

 名前を呼んで。気を逸らして。先端を、押し込んだ。

「ん、あっ、や、なふ……」

「あー中、あっつ」

 先端に高熱を感じ、自身が更に昂ぶる。逸る気持ちを抑えて、少しずつ腰を進めて、埋めていく。

「っん、あっ」

 徐々に、徐々に。中に入る感覚。俺も強く快感を得る。

「すっげ、気持ちー……」

 無意識に、自然と。吐息に混じり、内側から言葉が漏れる。それに反応して、シノンの後孔が俺をキツく締め付けた。

「んで、テメ……っあ、ぁっ」

 自由になった左手で耳を抑えて、睨みつけてくる。わざとじゃ、ないんだけど。なんてこの際どうでもいい。

「いいじゃん。気持ちいいんだろ?」

 言い返せなくて悔しそうに象られるシノンの表情。なんか、燃える。

「もう、動くぜ」

 沈めた腰を、引く。

「ん、あぁ、ぁっ」

 そしてまた、沈める。

「あ、ぁ、っっ……」

 シノンは漏れる喘ぎを両手でせき止めて。感じてるその声が聞きたくて……手退かせって言おうとして、やめた。

 無防備にも、口元を隠すのに必死で、耳が露わにされているから。

「この姿だけで、かなり、くる」

 進めては引いて。引いては進めて。繰り返し。前立腺を掠める度に一際甘い声が上がる。動かす度ぐちぐちと響く音が、俺の興奮を高めていく。

「んんっ、ふ、っん……っ」

 指の隙間から溢れてくる喘ぎが、シノンの余裕のなさを物語る。

 体がガクガク震えていて、そろそろ……

「っんぁ!?」

 イきそうなシノン自身の根元を握る。先走りがヌルヌルと俺の手を汚す。

「な、んで……っ」

 再び顔を寄せ、耳の中に舌を差し込む。

「や、ぁぁはぁ」

 結合部が喘ぎと共にヒクヒクするのが、繋がった俺に、ダイレクトに伝わる。

「や、な、っ」

 折角だから。普通にはイかせない。

「最後は、俺の声で、イって」

 頭蓋に響くように。

 シノン同様、余裕のない俺の、吐息混じりの声で。

名前を……。

「シノン……っ」

「っ……!!!」

 声の振動と同時に。シノンの体は大きく震えて、締め付けて。

 手を離した瞬間にシノンの自身は外へ、白濁を放って。

 俺も、シノンの中に、注いで……




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「……なぁ、ヤナフさんよぉ」

 冷えた、空気。シノンの目が、イっている。

「……お、俺、腹、減ったなぁ……なんて……」

 苦しい台詞。こんなもんで逸らせるわけはないだろうが、突き刺さる視線が、痛い。

「……ケッ」

 殴られるか射られるか。覚悟をしてたけど、そのどちらもなく。

 シノンは悪態ついてそっぽを向いてしまう。

「あ、あれ? 殴らないのか?」

 わざわざ聞いてどうすんだ俺。

「いやっ、別に殴られたいわけじゃ……」

「くだらねえな」

 シノンはちっとも目をあわせずに淡々と言葉を吐き捨てる。

 まだ恥ずかしいのかと思って、顔を覗き込んでみたら……

「いてっ」

 ……殴られた。本気じゃないのはわかるけど、不意打ちは痛かった。

「見てんじゃねえよ」

「さっきまで散々見てたんだからいいだろ……っていてぇって!」

 話し途中で遮るように、更に拳が飛んでくる。

「っ悪かったよ、怒んなよ」

「怒ってんじゃねえ。ムカついてんだよ」

 ……どっちも変わらないよな? って突っ込みはしないでおこうと、すんでのところで止める。

「可愛かったんだよ」

「うるせえ。馬鹿の一つ覚えみてえに耳ばっかり攻めやがって」

 俯いてぼそりと呟くシノン。

「意味深なんだけど、ソレ」

「うるせえっつってんだよ」

 口調だけは変わらないが、みるみるうちに、顔から耳まで真っ赤に染まる。あー本当、可愛すぎるだろ。

「耳以外も、もっとされたかった?」

 抱きついて。

「まだ殴られ足りねえか?」

「照れんなよ」

 再び、耳元に。

「次は、望み通りにしてやるよ」


 でも、今は。

 一番近くで。


 吐息と、甘い囁きを……────。






2007.7.30