きまぐれな恋

 きっかけは、おまえがあまりにも騙され易いから、からかってやろうと思っただけで────。




  きまぐれな恋




「ガトリー、好きだ」

「……へ?」

 朝一番、ガトリーの顔を見た瞬間に言ってやる。

「だから、好きだっつってんだよ」

「……えぇぇーーっ?!」

 間の抜けた顔してっからもう一度言ってやれば、素っ頓狂な声を上げられた。

「シ……シシシ……シノンさん、それ、えっ、俺、今聞き間違えたりしました?」

「多分してねぇよ」

 バタバタと手足を動かして、明らかに動揺してんのがわかる。真に受けちまってなぁ、からかい甲斐のあるやつだ。

「えっと……その、俺っ、ど、どうしたらいいんスかね?」

 もじもじしながら俺を見るから。「あ? まぁ付き合えよ」と強要するように強く言えば嫌がるどころか喜んで笑って。

「はいっス!!」

 これじゃあ女に騙されるわけだ……なんて思いながら、どこかホッとしている自分がいて────。




「シノンさん、シノンさん!」

 からかい始めて幾日。

「あ?」

「どうっすか?これ!シノンさん喜んでくれるかなーと思って」

 はしゃぐこいつを見てたら次第に罪悪感が溢れてきて。

「いらねぇよ」

 照れてんのか片手で後頭部をさすりながら花束を差し出されたが、俺はそれを手の甲で払った。

「え……? あ……。シノンさん、花、嫌い……でしたっけ?」

 花が嫌いなわけじゃない。嬉しくないわけでもない。ただ、こんな強制的な付き合いに、無理に付き合わせていることに耐えられなくて。だってこれは、ただの気まぐれだから。……きっとこんなお気楽野郎だから、無理してるなんて感情はないかもしれねぇが。

「……別に。飽きたんだよ」

「飽きた……?」

 バサリと音を立て、豪奢な花束が地面に落ちたと同時に。ガラリと表情を変えて俺を見るガトリー。

「悪りぃな。ただの暇潰しってやつだ。おまえが騙されやすいから遊んでやろうと……」

「冗談ですよね」

「……あ?」

 発した言葉の途中で被さるように耳に不慣れなガトリーのトーンの低い声が届く。

「冗談、ですよね?」

 発する言葉が全て聞こえた頃には俺は既に今まで立ってた場所に倒れていて。

「てめ……何して……」

「聞こえないんですか? 冗談ですよね?」

「……っ」

 倒れた俺を上から抑えつけるようにしてガトリーが跨っている。いきなり過ぎていまいち状況を飲み込めない。そもそも、こんなガトリーを見ること自体が始めてで、不安が押し寄せる。

「俺、シノンさんのこと好きなんですよ」

「……は?」

 いきなりな展開に更にいきなりな台詞を聞かされて、わけがわからなくなる。この状況をどうにかしたくとも動くことも出来なくて。

「ずっと好きで……でもシノンさんってそういうの嫌いそうじゃないですか」

 それでも力ずくで逃れようかともがいたが、徐々に自嘲気味になる声を聞いたらそんな気は薄れて消えた。

「だから嬉しかったんスよ。シノンさんが好きって言ってくれたこと」

「っ……!? ふ、ガト……っんふ」

 唇が、塞がれる。制止の言葉を吐こうとして開いた口にガトリーの舌が侵入してきて。

「ふ、っぅ、んぅ……」

 執拗に絡んでくる舌に頭がくらくらする。何が起こっているのか考える余裕すら奪われて。

「ん、や……め……」

「……俺、本当騙されやすいっスねー」

 やっと離れた唇からは、罵りでも非難でもなく、つらそうな言葉が発される。

「シノンさんがあんなに軽く好きって言葉、くれるわけないのに」

 俺に聞かせるというより独り言に近い言葉の羅列が、痛々しい。

 ああ、俺のせいで、傷付けちまったんだと。その悲痛の声が、俺の胸をじわじわと刺した。

「シノンさん、それでも俺、シノンさんが好きっス」

「……ガ、トリー……」

 服をはだけさせられ、首筋や鎖骨に口付けを落とされる。

「っん……」

 俺はお前の心を弄んだのに、触れる唇は優しくて。

「んで……怒んねえんだよ」

「怒る、かぁ……」

 問い掛ければ一瞬動きが止まり、目を閉じて考えて。そう時が経たないうちに返答を口にする。

「出来ないっすよ、俺には。嘘だったとはいえ幸せでしたから」

「……っ甘過ぎるんだよてめぇは」

 何が、幸せでしたから……だ。暇潰しなんて言った奴に。

「好きですシノンさん」

「……」

「大好きです。めちゃくちゃ大好きです」

 でも俺は。俺はそんなお前が……。

「愛してます」

「ってめ……んなこと、何度も言うんじゃねぇよ!」

 聞き流せる言葉じゃない。こんなん何度も言われたら……嬉しい通り越してただただ恥ずかしくてしょうがねえ。

「だって俺シノンさんのこと好……」

「わかった」

 放っておけばまた同じことを繰り返すガトリーの台詞を断ち切って。遮るようにこっちから話し出す。

「だったら幸せでしたで終わらせてんじゃねぇよ。そこまで言うなら、俺のこと惚れさせるぐらいしてみろってんだ」

「シノン……さん?」

 自分でも予想外の言葉が口から吐き出されて。俺は、本当はコイツのこと……好き、だったんだな。なんて。

「それって、その、可能性アリってやつですか?!」

「お前次第だろ」

 狡い言い方しか出来ないけど。それでも受け止めてくれるお前についつい甘えちまうんだよ。そんなこと死んでも言えないが。

「絶対惚れさせてみせますって!! 任せてくださいよっ!!」

「はっ、おめでたいヤツだな」

 苦笑しながらも、そんなリアクションを見て安心感を得てしまう。してやられた気がして少し悔しい。

「シノンさん! このまま続きを!!」

「射るぞ?」

「……冗談っス」

 俺はこんなだから、またお前を傷付けちまうかも知んねえけど。この気持ちに嘘はつかねえよ。

「ガトリー、一回しか言わねぇから良く聞きやがれ」

「はい!」

「好きだ」






2008.12.31